今でも忘れられない、好きだった人が3人いる。10代で出逢った3人の人。今でもよく思い出す。何故、私のほうから距離を置いてしまったのだろう、と今になって思う。私は馬鹿だった。そして今でも好きだ、と思う。その中でも一番会いたい人…。会えるものならもう一度会いたい人…。その人は…
私が初めてとてもとても好きになったのは、高校3年の時に通っていた塾の先生だった。初めての授業の日に先生を見かけて、すごく雰囲気が好きだと思った。
先生は現代文と小論文を担当していた。話し下手な自分に比べて、先生の話はとてもスマートだった。先生が最初にクラスみんなに向かって自己紹介をする姿がとても格好良く映った。先生は小柄でAIRの車谷浩司氏に顔が何処となく似ていた。先生はよく自分の事を “40近いオヤジ” と言っていたので、当時30代後半だったのだろうと思うが、見た目はもう少し若くも見えた。
他の授業は半分くらい休んだりしていたが、先生の授業だけは毎週楽しみにしていた。一度だけ塾に行く直前に母親と大喧嘩して大泣きして、目が腫れて休んだ事があったが、その一回を除いて授業には全部出席した。勿論授業も楽しかったが、先生に会いたくて出かけていた。いつも一番前の席で先生を横目に授業を受けていたので、クラスメイトにはバレバレだったと思う。いつだったか「先生はカッコイイ」と仲良くなったクラスメイトに話をすると「へぇー、いつもそう思いながら一番前で姿を眺めてるんだー、やだねー」とからかわれた。が図星であった。先生は人気があったが、私ほどの生徒はうちのクラスにはいなかったこともあり、幸いな事に私は一年間、心穏やかに先生の授業を受ける事ができた。
推薦入学を狙っていた私は、小論文さえクリアすれば第一志望の大学に入学できそうだったため、授業の前後に質問やら相談やらをしによく先生に話しに行っていた。要は先生と話をしたかっただけなのだが、理由もなく世間話なんてできるタイプではない私にとって、その口実がとても有り難かった。今考えると笑えるが、毎週訳のわからない差し入れを持って行っていたし、先生が私の気持ちに気付いていなかった訳もない。そんな厄介な生徒に追いかけられていたにもかかわらず、先生は穏やかで立場をわきまえていて、私の話はいつも真剣に聞いてくれたし、クラスのみんなとも平等に接してくれていた。そういうところがまた、とてつもなく好きだった。
私は一度、先生に手紙を書いた事がある。先生は他の教室でも教えていて、うちの教室に来るのは週に一度だったので、質問があればメールで送るようにと、最初からメールアドレスをみんなに教えてくれていた。しかし、私はメールではなく手紙を書いたのだった。何故突然手紙を書こうと思ったのか、その経緯まではよく憶えていないのだが、内容については、先生と生徒の恋など許されるはずがない…ならせめて「先生の弟子にしてください」と告白しよう‼︎ あぁなんて名案を私は閃いたのだろう…‼︎ と興奮して書いた事を憶えている。これなら先生を困らせる事もないし、先生を尊敬しているという思いはちゃんと伝えられるだろう…‼︎ ただただ純粋な気持ちからの行動だった。
手紙を渡す日、私は自習室で先生の帰りを待った。駅まで一緒に帰ろう、という旨を事前に伝えておいたのに、先生は荷物をまとめて自習室に来るなり「じゃぁお疲れさま。気を付けて帰れよ」と言うなり先に行ってしまった。不意打ちを食らった私は「待って下さい‼︎」と慌てて荷物をまとめて先生の後を追いかけた。他の先生や事務局の人が呆気に取られて私の様子を見ていた。エレベーターのところで先生に追いついた。「駅まで一緒に帰ろうって言ったのに…」と私は文句を言った。先生はいつになく無愛想で無言だった。
エレベーターに乗るなり私は手紙を渡した。先生は驚いた様子でその場で手紙を読んで、言った。「考えてごらん、制服を着た女子高校生と40近いオヤジが外で一緒に居たらどうだ、世間からは怪しまれるだろう。そんな噂が流れたら、それが真実かどうかは関係なく俺は仕事を失う。だからもう一緒に塾を出るのはダメだ」当時もっとも純粋だった私は、それを聞いてすごく落ち込んだ。私はそんなつもりではないのに。でも先生が私の行動のせいで仕事失うのは困る。誘いを拒否られたので、手紙は突き返されるかと思っていた。しかし先生は神妙な面持ちで「この手紙は預かっておきましょう」とだけ言って、それを鞄にしまった。そして「夜遅いから気を付けて」と言って雑踏の中に消えてしまった。
翌週、何となく暗い気分で塾に行くと、先生に呼び止められた。そして「手紙の事だけど、立派な人になるなら俺のような人間にはなるな。俺は前にも親父の反面教師として生きてきたと言っただろ? 俺のような人間を目指すのはやめろ」と言ってニヤリと笑った。それからまた、先生はいつも通りだった。私だけが以前よりも少し遠くから先生を眺めるようになった。
確か先生は写真が趣味だった、ような気がする。昔、彼女の写真をよく撮っていた…なんて話を友達と一緒に聞いた事をはっきり憶えているから。友達はキャーキャー楽しそうだったが、私はその話を聞いて複雑な気分になってしまった。昔の彼女がどんな人だったのかとても気になるものの、知りたくもない気持ちが心の中に充満して、とてもキャーキャー言える状態ではなかった。
最後の授業の日、私はカメラを持って行った。最後の授業が終わった時、私はカメラを取り出して「みんなで写真を撮ろう」と提案した。レギュラーメンバーは私も入れて3人だけだったが、最後の授業には倍以上の人数が来ていた。おかしな事に、レギュラーメンバー以外のコもカメラなんて持ってきていて「私も私も〜」なんて言って撮影会が始まった。驚いた事に、先生も大きなカメラを持ってきていた。しかし、各自各々自分のカメラで撮り出したのを見て「俺のはいいや」とカメラをしまってしまった。その光景に、少し寂しく思った事を今でも鮮明に憶えている。
大学に入学してからも数回メールで先生と連絡をとった。私が会いたいと言うと、先生は一週間の授業のスケジュールを教えてくれた。それなのに私は会いに行くのをためらってしまった。先生が塾校舎外で会う事を望んではいないとすると、校舎の中でお話しなければならない…。そう思い込んで気が重かった。今思えば、先生が心配したのは女子高校生と外で会う事であって、大学生になっていればもう制服も着ていないし関係なかったのだろう。なのに、当時の私はそうとは気付かず、会いに行く決心がつかないまま一年の月日が流れた。
その後、大学で彼氏ができた。初めてちゃんと付き合った人だった。最初は楽しくて、先生の事も頭の隅に追いやられる程だった。しかし4ヶ月程経つと、色々な悩みや不安が浮上して私を困らせた。その時に再び先生が恋しくなった。久しぶりにメールを送ってみた。かなりの長文になり、半分が彼との間の悩みで綴られた。
それまでは必ず返事が来ていたのに、その時はいくら待っても返事は来なかった。そうこうしているうちに結局、大学で付き合っていた彼とは別れた。その報告も兼ねて連絡を取ろうと、今度こそ先生に会いに行こうと、もう一度メールを送ろうとすると、先生のメールアドレスは現在使用されていない事になっていた。私は焦った。そして後悔した。彼との相談なんてしなければ良かった。しかしいくら嘆いても、先生のメールアドレスは使用不可能になったままだった。
それから何年もの月日が流れ、私は何人かの男性と付き合っては別れた。そしてようやく気付いたのだった。
先生の事が一番好きだった。
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