2015年10月16日金曜日

本当に気を付けよう

2015年10月16日



昨日はいろいろな事が重なって、ここ数ヶ月で一番落ち込んだ一日で、おまけに眠れない深夜にヒーターからも火花が出て逝ってしまった。やはり中古家電は怖いな。火事にならなくて良かった。だけど仲間のアドバイスに助けられた訳で、やっぱり仲間は実際の居住地の距離を越えるし、改めて大切さを再確認したのであった。



昨日は偶然にもいろいろな人の「プロ意識についての考え方」に触れる事となり、考え方は人それぞれ様々だが、ひとつ気付いた事は自分にはプロ意識が足りないのかもな…という事だった。まぁまだプロらしい事は何も出来ていないし、プロじゃないから当たり前なんだけど、それは仕事とプライベートの垣根を前々から私がちゃんと作れていなくて、プロはちゃんと作ってる人が多いみたいで、作らないと後々トラブルを引き起こす場合があって、もしそうなった場合私の性格じゃぁきっと対処できないから、今のうちから心に留めておいたほうが良いな、という事である。



ぐだぐだはやっぱりマズイもんね。本当に落ち込んだけど、でもいろいろと気付かせてもらえて皆様ありがとう。私も気付くのが次の仕事始まる前で本当に良かった、本当に気を付けよう。










気を取り直して、今日は下北沢BASEMENT  BARにてTHE BOYS & GIRLSのライブ。誕生日を挟んで最初のライブもボイガルだ。国吉亜耶子and西川真吾Duoとの対バンが楽しみなのだ。絶対に遅れないように行かないと。時間に遅れてしまうのも私のプロ意識の欠如だ、本当に気を付けよう。



で、その足で今夜は実家に戻らなくてはならない。実家の家族全員の体調がひどく悪いようなのだ。実家が最寄り駅から徒歩30分以上も離れているのが辛い。母が駅まで迎えに行くと言ってくれているが、そんなに体調悪いのに気の毒である。そうなるとバスがあるうちに駅に着かなくてはならず、最後まで見られない計算になる。まぁ最寄り駅からタクシーを使えば良い事だが、深夜料金でバスの10倍も払うよりは我慢して途中で抜けたほうが良い。










開演5分前に会場に着いたのに人が全然いなくてね、これはどうしたものか、と思いながら地下に続く階段を降りていったら、智也さんが階段上を見上げていて目が合った。THE BOYS & GIRLSのドラムのトモヤさんね。トモヤさんとは苫小牧ELLECUBEでライブ終わった後、猫の話をしたのね。憶えていてくれたのかはわからないけど、私がトモヤさんを認識して、あ〜っ!て顔したら「こんばんは〜」って言ってくれたので「こんばんは〜、お誕生日おめでとうございました〜」って言った。ちゃんと過去形でね。今日ではないからね。で、特に急いでいる様子もなかったんで、一緒に写真を撮ってもらった。28歳になったばかりの智也さんと。これは嬉しい!












とか楽しくやっている間に、扉の向こうから音楽が聴こえてくるんですよね。開演5分前なのにですよ。おかしいですよね。これは自分、なんだか大変な事をしてしまった心境になって、そんな時に扉を開けてケントボーイズも出てきたんだけれども、THE BOYS & GIRLSのギターのケントボーイズね、ケントボーイズとは渋谷La.ma.maでも苫小牧ELLECUBEでもお話しているので「こんばんは〜」って言ってくれて、これは一緒に写真を撮ってもらえる大チャンスだったにもかかわらず、私も「こんばんは〜」とだけ言って扉を開けてさっと会場に入った。





そうしたら会場はお客さんぎっしりで、国吉亜耶子and西川真吾Duoが演奏してる。





3曲目くらいで「最後の曲です」ってMC。これは開演時間を30分間違えた事確定です。( i _ i )
かなり念入りによく見たつもりなのに、本当に私は自分の思い込みで世界を見ていたようです。( i _ i )






でもまぁTHE BOYS & GIRLSのライブは観れたし、なんだか最終少女ひかさすっごく観たくなって観ちゃった。MCで「誰もお前をバカになんてできないんだよ」って最終少女ひかさのヴォーカルの但野氏の言葉が深く心に突き刺さって、久々に泣きそうになりました。自分が “私いっつもバカにされてる” とか “最近バカにされた” とか思ってる訳じゃないんだけど、毎日生きているとなかなか不条理な事、悔しい事にもぶち当たるものでして “あぁ〜自分ってホントバカだゎ” って思う事がしばしばありまして、自分で自分をバカにしていたのかもしれないのですが、とにかく「誰もお前をバカになんてできないんだよ」って言葉に救われました。で曲を聴いていたら、最終少女ひかさは苫小牧ELLECUBEで一度だけ観た事があったのですが、その時の情景とか空気とか一気に思い出されて、本当にライブの間ずっと時空を旅しまくっていた。あらためて最終少女ひかさって良いバンドだなぁと思った。






で、結局予定していた電車には乗れず。足の痺れは過去最悪。具合の悪い母に最寄り駅まで迎えに来てもらいました…結局。いつになっても頼れない娘ですみませんm(_ _)m
















2015年10月14日水曜日

八幡山、下北沢。

2015年10月14日



今日は朝乗った京王線が八幡山から動かなくなってしまって大変だった。そう、人身事故。復旧に1時間掛かるって言うから、八幡山から歩きましたよ。



そしたら、国道沿いに天下一品があってね、ラーメン屋のね。そこは大学1年の時に、サークルの先輩達と7〜8人で行ったラーメン屋さん。経堂からみんなでチャリで行ったんだけど、みんなの速い事! 私は大学入ってちょっと経ってから経堂でチャリ買ったのね。チャリ乗るの小2以来だったの、いや、当時住んでいたマンションが山を登って下った所にあって、とてもじゃないけどチャリ使う気にならなかったのね。でサークル1年生私だけで、待ってとも言えなくて、必死について行ったよね。道も全然わかんないし、方向音痴で覚えるどころじゃないから、見失ったら最後、迷子だから。



で、着いた先が天下一品。私は高校までラーメンを食べる事がそんなに無くって、大学入って経堂に住んでから近くにラーメン屋さんが沢山あって、友達と行ったり先輩と行ったり本当に新鮮だった。で天下一品もその日初めてで、とりあえず「ここどこですか?」って先輩に聞いたら「八幡山だよ」って。「八幡山ってどこですか?」って聞いたら「京王線の駅だよ」って。ふーん、と思った。天下一品は味が濃くって、私的にはヒットしなかったので、それ以降行ってなかったんだ。



7〜8人用の席は勿論ないからカウンターとテーブルにバラけて座って、私は食べるの遅いからみんなは先に食べ終わって外で一服してる。いつもそのパターンだった…懐かしい。本当にみんな毎回待っててくれたよなぁ…感謝。みんな元気だろうか。そう言えばあの日私はタムさんから貰ったおさがりのTシャツを着ていた。という事は夏だったんだなぁ。そう、先輩が私の背中の汗染みを見て驚いていたから確実に夏だったんだなぁ。柄はもう忘れてしまったけど、タムさんがブリーチしてヨレヨレしたグレーのTシャツ。あれ、元は何色だったんだろね。思った色にならなかったからいらない…って持ってきたのを私が拾ったんだよね。あぁタムさん元気かなぁ。タムさんは私が入った時もう卒業生だったんだけど、ちょくちょくサークルに遊びに来ていたから私は結構お世話になった。Duck Missileってバンドのベーシストやってた。Duck Missileは私が高校生の時にもう既にCD出していて、私は大学に入る前から知っていた。そのバンドのベーシストが自分の入ったサークルに居てビックリだったよ、本当に。



話が過去に逸れてしまったけれど、今日お店の中を覗いたら、そのサークルみんなで行った時とテーブルの配置が同じで、すっかり過去にフラッシュバックしてしまった。大学1年の1年間が人生で一番楽しかったもんな。



でも今日は用事を済ませたら「下北沢カレーフェスティバル」というイベントに行くと決めていたので、八幡山の天下一品はまたの機会に。








2時間半が過ぎて、京王線は復旧していてダイヤもほぼ戻っていたけど、乗客の数が半端ない。ラッシュ時でもないのに19時〜20時のような電車に乗って、下北沢まで行った。



改札口でカレーマップを貰ったけれど、やっぱりいつもの店に行ってしまった。
スープカレー ポニピリカ。
私はほぼいつもチキンカレーを頼むんだけれど、今日もやっぱりチキンカレーを頼んだ。チキンと豆苗を一緒に食べると、このまま死んでもいい!と思う程美味しい。チキンと豆苗がこんなにも合うなんて、このお店に来るまで知らなかった。









スタンプラリーがあって、カレー食べるとスタンプ1個貰えて、スタンプ1個でもステッカーが貰える!










下北沢の路地で、おかしいくらい全力で鳴き続けるカラスに出会った。何事だろうと思ってずっと見ていたんだけれど、結局5分以上鳴き続けてた。それも全力で。



カラスは好きな鳥だからカラスの生態の本とか買って持ってる。カラスが人を襲うのは子育て中に限り、子供の危険を察した時だけだって言うし、あんなに必死に鳴くのは子供でも盗られたのか?と思ったけど、どこか1ヶ所に向かって鳴いている感じでもなかったから本当にどうしたんだろうね…(心配)。










写真中央にいるカラスね。それから、最後にソフトクリーム食べて帰ろう♪ と思って豆乳ソフトが食べられるお店に行ったら、お店付近の路地で岡村氏と矢部氏が撮影してた。多分スタッフの人数は少ないほうだと思うんだけど、それでも20人くらいは現場にいて、おふたりは小さな中華料理屋さんに入って行ったんだけど、スタッフのうち数人は一緒にお店に入り(純粋な撮影部隊なのだろう)、数人がお店の前で何事もなかったかのように待機、数人が次の場所へ行くための下準備をしていて、番組ってチームだなぁ…と思った。多分スタッフの誰もがテレビやエンタメが大好きで、そういう世界に憧れて仕事をしているのだろう。私はそれを見ながらソフトクリームを食べていた。スタッフの女の子が、私も持っているジャンパーとほぼ同じジャンパーを着ていた。外側は全く一緒で、内側だけ色違いのパターンのやつだ。



いつでも注目されるのは主人公だけだけど、それを支える人々のほうが圧倒的に多いんだ。仕事ってそういうものだ。さぁ私は今後どんな仕事をしようかな。












2015年10月12日月曜日

米のビックリ

2015年10月12日



夕飯には、やはり米が食べたい。しかし、ここ大和に引っ越してからというもの、全然自炊してないし、米すら炊かなくなってしまった。以前はおかずは作らなくても、米は自分で炊いていたのに。


何故米を炊かなくなったのかと言うと、以前は5.5合炊きの炊飯器で、一度に3合ずつ炊いていたのね、2合白米に1号分の発芽玄米を混ぜてたの。美味しかった。で余った分からおにぎり4個作って、残りを2つの容器に入れて冷凍。こうすると4日くらい米炊かなくて済むのね。


引っ越しして冷凍庫がなくなった。既に備え付けの冷蔵庫が付いてて、それ以外に自分の冷凍冷蔵庫まで置くスペースがないから諦めたの。なので米を炊いても冷凍できないから、一度少量だけ炊いてみたんだけどそれでもすごいずーっと冷蔵庫に入りっぱなしで、その冷蔵庫に入りっぱなしの米を温めて食べたんだけど、冷蔵庫のプラスチックっぽい味が米に付いてて、あぁこれはもう米は炊けないゎ〜ってなった。










だけど、それから6ヶ月くらい自宅で米を食べてなくて、やっぱり米食べたい〜と思っている矢先、イオンでミニライスクッカーというものを見つけたのである! 超ちっちゃい電気釜。1.5合炊きとな。しかも5000円くらいで買えちゃう。ネットで調べてみたら、amazonで同じ商品がもっと安く出ていた。早速頼もうかと思ったけど、似たような商品がもっと安く出ているではないか!



機能的には、値段の高いほうがタイマーが付いていたりだけど、タイマー炊飯なんて20回に1回くらいしかしないし、値段安いほうのデザインが気に入ったのでそちらを選んだ。今日届いたので早速、今年5月に景品としていただいて開封せず保管してあった米の袋を開け、軽量カップですくうと……



何か黒い物体に当たった。
黒い籾殻? それとも異物の混入? まさか虫じゃないよね……



すくい上げてみると……
それは黒い米の集合体だった。何故だか黒い米が集まって固まってボールのようになっており、そこに普通の白い米もまぶりついていて、触れるとまぶりついていた白い米がぽろぽろと崩れた。なんだ、これ! 黒い米は普通の白い米よりも若干粒が大きく、白い粉のような斑点で覆われていて、腐ってるの? それともカビ? 粒が大きいのも気になる、本当に米なのか? 米でないなら一体なんなんだ⁉︎



キモっ‼︎‼︎‼︎   とにかく気持ち悪ぅ、ってなって、まぁ黒い米の周りにくっついてた白い米は落ちて他の米と混ざっちゃったし、ちょっともう食べられない。その黒い塊が出現したのがその袋の米を食べる前で良かったと思った。










で仕方ないので、これまた随分前に買ってあった玄米を精米して食べることにした。まぁ自分で精米して食べる米が一番美味しいのだ!



で、口コミに書かれていたように20分ほど水にうるかして、予定よりも30分以上遅れて米を炊き始め、炊けてからも20分ほどそのまま蒸らしてから食べたのね。



そうしたらなんと残念な事に、炊いたばかりの出来たての米なのに、電気釜のプラスチックっぽい味がしたの。自分としてはちょっと柔らかすぎたけど、普通に美味しく食べれる程度の硬さで上手く炊けて、おこげもちょうどいい具合にできたのに、味だけがホント残念! 多分蓋をすぐ開けなかったのがいけないんじゃないかなぁ。






口コミはあくまでも個人的感想だゎ。次はうるかさず蒸らさず最短で食べるゎ。






「うるかす」で思い出したけど、今朝見た夢の中で、エレベーターに乗ってて、降りたい階のボタンが押されていない事に直前で気付いて、慌てて押そうとしたのに指がボタンに的中しなくて、結局その階通過しちゃって、FOLKSの岩井郁人氏に「今、押したよね?」って言われて「いゃぁぁぁ〜押ささらなかったぁぁぁ〜」って答えて、えっなんで⁉︎ 今押す動作してたのに押してないってなんで⁉︎ って信じられない顔されたのを思い出した! 素晴らしい事に北海道人に対してちゃんとあえて「押ささる」という言葉を使ったのだ! それにしても「押ささる」の否定語は「押ささらない」で良いのよね?




夢に郁人氏出てきたのこれで2回目だゎ。
1回目は、何故か私がFOLKSのスタッフやってたのを、ツアーの真っ最中に辞めるという夢で郁人氏に、えっなんで⁉︎ この時期に信じられない…という顔される夢だったよ。自分でも言っちゃってから、あっ辞める時期が悪かったな…って思って「でもツアー終わるまでやります…」って言い直すんだけど既に超気まずい雰囲気になっちゃってて、しかもツアーでホテルとかに泊まるのに着替え1着も持って来てなくて、新幹線降りて逃げ出すの。変な夢!


(ノ_<)。。












2015年10月8日木曜日

境川walk

2015年10月8日



悪循環が続いてしまって、昼過ぎに起きた。ここ最近、昼間寝て夜起きてる生活がひどすぎるので、そろそろどうにかしなければと思っているのだが、夜になってやる事を思い出したり、期限のある事をやっていなかったり、翌朝起きたらやろうと思う事を考えたりするうちに眠れなくなったりで、本当に困ったものだ。曲作りをし出すと、平気で12時間以上座りっぱなしだったりするし、身体的にはあまり疲れていないのかもしれないが、健康面ではかなりヤバそう。





で多分そのせいなんだけど、ここ1ヶ月くらい前から急に脚に痺れが走る事が度々あって、なんかおかしいなぁ〜と思っていたら、2週間くらい前からそれが所構わず一日に数回は起こるようになった。以前は長時間デスクに向かっている時だけだったのが、ライブ観て数時間立ちっぱなしの時だったり、座ってご飯食べてる最中だったり、乗り物の座席に座ってる時だったり。



それが遂に昨日、歩いている時に痺れがきたのだ。電車に乗り遅れそうで全力で走った直後。激ヤバ。電車に間に合って座席に座っても痺れはとれなかった。まぁ痺れながらも歩けるくらいの痺れなので、大丈夫気にしないって思えば問題ないのかもしれないが、まぁとにかく違和感を抱えながら一日を過ごしたのだ。





で、作曲の師匠に会った時にその話をしたら「腰と首は本当に気を付けたほうが良いですよ、僕も前に腰も首もやっちゃった事あって、そうなると痛くて夜眠れないですよ」という話になった。「ずっと座りっぱなしで作業するのは本当に良くないから、僕は部屋に肩くらいの高さのラックを組み立てて、立ってパソコンやったりします。で、しばらくしたら座ってまたやって、しばらくしてまた立ってやって…を繰り返します」と言うので、私は えぇっ(笑)とか言って笑っていたら「いや、笑い事じゃなくて、本当にそうですよ。腰悪くしたら大変ですから、本当に気を付けて下さいね、笑ってますけど…」と言われた。








という事で、いよいよ事の重大さに気付いた私は、今日ウォーキングをする事にした!







今日は本当に良い天気で、空は真っ青、湿度も低く、正に秋晴れ!
しかし、歩き始めた途端に脚の痺れがビンビンきた。気になったがそのまま歩く。



境川まで行くと、子供が3人で川に入って遊んでいた。そのうちのひとりは肩まで水に浸かっている。いや〜男の子はいつの時代もやんちゃだなぁ…なんて思いながらよく見たら、肩まで水に浸かっていたのは女の子だった! ひぇ〜(驚)!と驚いて子供のほうばっかり見てたら、ドッカンと車両止めのポールにぶつかった。何故か左手を強打して、指に赤黒いあざが2つもできてしまった。



アオキの実はもう赤く色付きつつあって、ナナカマドの実も真っ赤で、オシロイバナの種は黒く実って散乱していた。ススキの穂が日に当たって光っていた。秋の虫は昼間からもう鳴いていた。



3時間ほど歩いたらもう夕暮れだ。遠くの山並みが夕日のシルエットになっていて、紺と橙が混じり合う空の色はめちゃくちゃキレイ。iPad充電中で持ってきてなくて残念ながら写真は撮れなかったんだけど、本当に透明感ある澄んだ色の空だったゎ。秋は良いね。










また歩きに来なくちゃ。仕事始める前までは、ちょくちょくウォーキングしないと本当にマズイよね。仕事始めても、休みの日だけでも運動しないとやっぱりマズイと思う。歳をとってからでは遅いのだ!

だけど、相当な事が起きないと多分運動しない私である。でも歩けなくなってからリハビリとか金銭的にもマジやばいから、その前にウォーキングしとかないと! コンスタントにウォーキングを続ける何か良い方法ないかなぁ…。







あぁあぁあぁぁぁぁぁ〜っ!








2015年10月1日木曜日

『終わりは始まり』

2015年10月1日



今日から10月か。9月の終わりは10月の始まり。10月から仕事を始めようと思っていたのだが、じっくり考えて止めた。話せば長くなるし、書けばもっと長くなるので割愛するが、とりあえず今月いっぱい生活するだけの貯金はまだあるので、この1ヶ月間にできるだけの事をやろうと決めた。




ポジティブな結論を出した後なのに、なんだか落ち込む。
昨日も、新しい方向が見えてきて「今度こそ自分に負けず頑張るぞ⤴︎」と意気込んでいたのに、一夜挟むと一気に落ち込む。なんでだろう。




なんでだろう…と午前中ずっと落ち込んでいたら、ようやくその理由がわかった。

これは『癖』だから仕方がないのだ。

そう、私は何か決断した後にしょっちゅう落ちこんでいる。それも自分にとって “良い” と思われる決断をした後に。自分の心の中の “落ち込む” という単語を一般的に訳すと “不安” という事だ。そうだ、私はただ不安になっているだけ。だから大丈夫。





家族と住んでいた頃は、私が決断した後に落ち込んでいると、やっぱりみんな意味わかんなくて「落ち込むって事は、その決断は本当に自分の心からの決断ではなかったんじゃないのか」とか「決めたからには落ち込んでいる暇はないだろう、やってみるまで何もわからんだろう」とか「落ち込むとかそういうネガティヴな言葉を使うと、本当にひどい状況を呼び込んでしまうから言葉に気を付けたほうが良い」とか「落ち込む落ち込む言われるとこっちまで暗い気持ちになるから、頼むからそんな顔しないでくれ」とか言われて、自分は二重人格で鬱の気があるのではないかと思って、いつもますます落ち込んでいた。




だけど、私の心が落ち込むのは、私の頭が落ち込む状況とは違って、そう、不安って事なんだ。だから家族に言われた事は当てはまらないし、とりあえず引きこもりにはなってないし大丈夫。


思えば、私は家族(主に両親)に言われる事にいつも囚われていたんだな。

数年前に母から直接聞いた話だけれど、私が小学生になった頃から、私が両親の幼少期とは違い過ぎて、どうして自分達と全く違う子供を授かったのか、まるでエイリアンのようだと思ったらしい。聞いて納得、私は私で、事ある度に自分の中の大切な部分をいつも理解してもらえなくて、そのくらいの歳から “両親に話したって無駄だ” と絶えず失望感があった。



父は私より早くに仕事に行き、私達が夕飯を食べる時間には帰って来られなかった。だから週末しか一緒に過ごせなかった。だから母が私の事を全部やってくれていた。宿題も手伝ってもらったし、勉強も見てくれた。そりゃ母の影響は “物スゴイ” ものだったろう。






母に言われた言葉の囚われは、多分3つ。その影響は、勉強面・絵画面・音楽面にわたる。

まず勉強面は、これ。

「あなたはお父さんとお母さんの子供なんだから、お父さんの良い所とお母さんの良い所とを併せ持っているんだから、絶対に勉強ができないはずがないのよ、だから努力しなさい」


まぁ子供に自信を与える言葉としては良い言葉かもしれないが、これは小学校低学年の頃、勉強ができない時にいっつも言われてた。当時、私は普通に「そうなのか〜」って素直に信じちゃって、それから問題の解き方のコツとか教えてもらってからは勉強が得意な部類に入って、学生時代は成績こそ良かったんだけど、それは机上の学問って話で、いざ実践っていう時にいっつも上手くいかなくて、英語とか本当にそう。数学もそう。よく考えたら好きじゃないんだよ、勉強の全てが。テストの期間が終わるとすぐに忘れてしまう、興味ないから。だから、実践ができない。

母は、作文が上手くて、英語も話せて、生物学に詳しく、いろんな知識がある。

父は、英語と数学が得意だ。理論立てた話し方も上手い。まぁ仕事で毎日使ってるんだから、できるの当たり前か。

それに対して、私はどれも苦手。と言うか、本当は興味がない。





次に絵画面で、これ。

「あなたの絵はのっぺりしていて、影の入れ方とか教えてもらえばもっと上手くなるのに残念ね」


母は、絵が得意な人だった。祖父母の家に飾られていた油絵は、母が描いたものだった。きっと絵を描くのが好きだったのだろう、小学生になった私にも絵を習わせた。で、なんとなく通っていた教室で描いた絵を持って帰ってきて母に見せたら、そう言われた。絵は多分好きだったが、その時、私は自分の絵は要するに下手なんだな、とがっかりした記憶がある。


大人になって、旅行先で母と器の絵付けをした時、母はうちの猫の絵を描いていたんだけど、それがオリジナリティあってとても可愛いかった。自分の絵と並んでいると愕然とするし、やっぱり母は絵が上手かった。自分は絵が上手いから、小さい頃の私の絵を残念に思ったのだろう。小さい頃の私は、とにかくのびのびしていなかった。だから、必然的に絵ものびのびした絵でなかった事は確か。でも、小学校低学年の子供に影の入れ方は高度すぎるだろ…笑。






最後に、音楽面の2つ。

① 「あなたの歌は声がキンキンしていて、ずっと歌われると頭が痛くなるの、とても聴いていて心地の良い声ではないわ」


音楽学校に行き、ボイストレーニングを受けていた2年間を経て、家で何気なく歌を歌うと、母は決まってこう言う。これは今もそうだ。確かに、もっと響く声だったら今頃プロの歌手になってたゎ。

母はカラオケが嫌いで、それまでカラオケで歌う姿を見た事がなかったのだが、私が社会人になってから親戚で旅行に行った時、ひとり1曲歌う事になり、母がその時選んだ曲は、なんとイエローモンキーの『楽園』だった。私が中学生の時によく聴いて歌っていた曲だ。そんな曲を母が憶えているなんてびっくりだったが、もっとびっくりした事は、それがなかなか上手かった。親戚中大絶賛。父はカラオケ好きで、親戚の集まりの際には私と父ばかり歌っていたのだが、私も父もこれには驚いた。母は、実は歌が上手かった。



② 「そんなつまんない歌しか作れないようじゃ、残念ながらプロにはなれないわね」「楽譜も書けないようじゃ、作曲する上で致命傷」


これは、音楽学校時代に、楽器も歌も才能ないから、じゃぁ作曲家にでもなるか!って私がふざけて言った時にガツンと言われた言葉で、再び作曲をやり出した今、作曲に行き詰まると必ずこの言葉にぶち当たる。私はやっぱり無理なのか? 仕事を辞めてまで挑戦するなんて無茶だったのか? 早く諦めて誰にでもできる仕事するほうが身のためか? とその度に思うし、諦めさせるのにうってつけの言葉。

だけどさ、私は思ったんだ。
この夏、活性の火というイベントでたくさんの若者に出逢って気付いたんだよ。




才能なきゃ音楽をやっちゃいけないのかよ!




プロを目指して、夢に向かって頑張っている者の大半が、残念ながら音楽で飯は食えていない。

だけど、そういう彼らが観客に感動を与えられないか?って言ったら、全然そうじゃない。

音楽は時に言葉より多くを語るし、言葉では表現できない事も伝えられる。音楽が誰かを救う事だってあるし、救われた人に救われた音楽家だっているだろう。




プロになれなくたって、才能なくたって音楽の表現は自由にして良いんだ! 




私は何を勘違いしていたんだろう。趣味で音楽をやっている人だってたくさんいるのに、プロになれるくらい才能がなければ、音楽やる資格はないような気がしていた。それは母の言葉にも少なからず影響を受けているだろうし、音楽学校時代に “必ずプロになる” という強い意識を持って物事に取り組むよう指導されたせいもあるだろう。





だけど、それは私の勝手な思い込みだった。





母と比べるとなんでも劣る私。母よりできる唯一の事は書道だった。だから私はきっと中学・高校と書道部に所属したのだと最近になって思う。習い事も書道だけが小学校から高校まで12年間続いた。他は全て自信を失くして諦めていた。








『終わりは始まり。今までありがとう、じゃなくて、これからもよろしく』

昨夜、FOLKSのラジオの最終回で、ボーカルの岩井郁人氏がそう言った。FOLKSは9月末でベースの野口氏が活動休止を発表、更に毎週水曜日のラジオ番組も終了。これからどうなるの〜と不安になる私の心とは裏腹に、ネガティヴな感じは一切ない最終回だった。





終わりは始まりだって事くらい私だって前から知っているし、私はこれまでに何度も何かに失敗する度、この言葉をおまじないのように呟いてきた。つまり、ネガティヴなシーンで活躍するイメージだった。だけど、郁人氏がこの状況でこの言葉を使った瞬間、この言葉に対するイメージが一気にポジティブに変わった。





そうか。終わりは始まり。よく考えたらポジティブな言葉だ。私は何を勘違いしていたんだろう。気付けば勘違いや思い込みだらけ。この世界はもっと自由なんだ。誰かと比べないで、自分は自分で構わない。だから肩身を狭く生きなくても良いし、落ち込む必要もない。胸を張って進めば良い。