2015年12月25日金曜日

クリスマスには断然ROCKだろ

2015年12月25日



今年最後の仕事を終えてひとり下北沢へ向かう。クリスマスにはロックを聴きたい。洒落た音楽じゃなくてストレートなロックが良い。ストレートなロックを奏でるバンドで、最近気に入っているバンド “THEロック大臣ズ” が10時間かけて京都から車運転して東京に来るって言うから、クリスマスだし観に行く事にした。





下北沢に着いたら、突然、自分が超お腹が空いている事に気付いた。そう言えば今日は仕事が忙しく、お昼も鯖寿司のお弁当を10分で口に放り込んだだけだった。THEロック大臣ズの出番までまだ時間があったので、前々から気になっていた地元の人に愛されていそうな雰囲気の定食&お弁当屋さんに入ってみた。









こじんまりした店内に、お客さんはおじいさんひとり、おばあさんひとり、仕事帰りの奥さんひとり。その様子から、全員常連さんらしい。ストーブの上にはやかんが置いてあって、そこから温かいお茶を注いでくれた。チキンカツ定食を頼んだ。予定では、さっと食べてなるべく早く会場に移動するつもりだったが、お店にあんまりにものんびりした雰囲気が漂っていたので、気分が変わって私もお店でゆっくりしていく事にした。





しばらくして出てきたチキンカツは、少し揚げ過ぎた感じで衣が焦げていた。が、食べてみると揚げたてだしカリッとしていて美味しかった。ボリュームは無かったため、キスフライを追加注文した。クリスマスだし、ちょっと豪華に行くぞ。





しばらくして出てきたキスフライは、ちょうど良く揚がっていた。中のキスもふんわりしていて美味しかった。テレビはNHKで “自動販売機のソノタ” についてやっていた。運転免許試験場の近くに、免停になった人向けに1台8000円の自転車の自動販売機を設置したが、1年間に6台だか8台しか売れず、それなら自転車の自動販売機はやめて、今度は視力検査に不安がある人向けに眼鏡の自動販売機を計画しているという男性の話が面白かった。いや眼鏡は売れないだろ…ガチャ目とか、乱視入ってたり、色々なケースあるから、自分にぴったりな眼鏡が置いてある事はまず無いだろうし…笑。






のんびりしていたら、若い男性のお客さんが来た。彼も良く来るお客さんのようだった。ご両親がお店の店主さんと知り合いのようだった。仕事納めの日の翌日に北陸新幹線で実家に帰省する話をしていた。そんなお客さん達に囲まれて、なんだかほのぼのしたクリスマスだなぁ…と思った。






2品注文したので野菜は2人前出てきて、ご飯も結構たっぷりあったのでお腹いっぱいになった。にもかかわらずお会計は1050円。地元の定食屋さんのチキンカツ定食980円だからそれに比べて超割安! しかもお店の雰囲気温かいしとても良心的なお店だなぁ。東京、下北沢。良い街だなぁ、またひとりで食べに来たい。













心も胃袋も満たされたところでベースメントバーに移動。扉を開けると会場はぎゅう詰め。クリスマスイベントって皆来たいんだなぁ…なんて思ってライブを観ていたら、ザ・ラヂオカセッツってバンドのギタリストが抜ける前のラストライブが今日だって話を、THEロック大臣ズのVo.田中氏がMCでしていた。なるほど、それを見届けに来た人も多そうだ。





さて、THEロック大臣ズ初めて生で観て聴いて体感して、シンプルで解り易くてとても良かった。沢山の機材を使用して音を何層にも重ねてくるバンドや、超絶テクニックを多用して複雑な楽曲を演奏するバンドも面白いけれど、そういうバンドがいる中シンプルで解り易いバンドの演奏って伝わるものがある。何より、エフェクターをバラで繋げているんだもの。私もバンドやってた頃、エフェクター歪み系1個しか持ってなかったからバラで持って行って演奏して、次はディレイだな〜なんて思ってて、結局ディレイは未だ買ってないんだけど…笑、やっぱシンプルな音って一番ストレートに伝わるよ。「バンドが街にやってくる」って曲が一番好きだ。自分が高校生の頃の気持ちを思い出す。「ロックンロールよ永遠なれ!」も名曲だ。





良い気分でTHEロック大臣ズを観て、転換になると近くにいたお客さん達が「次はプププだよ」と話していたので、自分は今日の出演者ではTHEロック大臣ズとプププランドしか知らなかったのだが、プププランドは前回観た時とても良かったのでまた観る。私今日までプププラントかと思っていて、ププ・プラントでプラントがメインなのかと勝手に思い込んでいたんだけど、“プププ”ランドなんだな…ぷぷぷって吹き出しちゃいそうな爆笑ランド=楽しい世界観って意味かぁ!って勝手に解釈した。プププランドの曲ってカントリーってイメージなんだよなー。めちゃめちゃ情景浮かぶ哀愁漂う演奏で好きだ。





そして、転換になると再び近くにいたお客さん達の会話から、次がいよいよザ・ラヂオカセッツだという事がわかったので、せっかくだから観ていく事に。どんなバンドなんだろ…?と思っていたけど、それが凄まじく良いバンドでさぁ、まず歌詞が良く聴き取れるんだゎ。で、その歌詞がすごく素敵なんだゎ。良い事歌ってるんだゎ、コレがまた。ロックバンドって結構ライブだと歌詞聴こえないバンドが多いと思うんだけど、アレ正直もったいないよね。でも意外と歌詞聴き取れないバンドってたくさんいるんだよね。次にハモリがとってもキレイなんだゎ。どうやらドラムの彼がハモってるみたいだった。高度な技術過ぎるよ、素晴らしいね。最後に演奏も上手いんだ。彼らの演奏を聴きながら、今日の仕事での印象的な出来事が感情と共に浮かんでは消え、浮かんでは消えしていった。音楽が、バンドが好きなんだなぁ…って感じる歌が多くて、このバンド好きだ!と思ったのに…新曲もやったのに、まさかこのバンドが活動休止するなんて信じられない!またこの曲達を聴きたいと思ったのに…。この事実は衝撃的過ぎる。






すごく良いライブだった。THEロック大臣ズも、プププランドも、ザ・ラヂオカセッツも最高のバンドだった。仕事疲れたから直前まで行くか行かないか迷っていたけれど、結局来て良かった!




















これがライブ納め。来年は自分もライブハウス出れるように曲をいっぱい作ろう。自分の曲の1曲でも誰かの心に響いたら、それはそれは嬉しいことである。








THEロック大臣ズ/バンドが街にやってくる

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2015年12月22日火曜日

冬至の日、MotherMANを聴きながら

2015年12月22日



久々のブログ更新になってしまった。12月になってからも随分色々な出来事があったが、まぁ元気に過ごしている。部屋のレイアウトを変え、自炊も始めた。こんなに部屋に好きなものしか置いてない空間が作れたのは初めてで、好きなものに囲まれて生活できるのは嬉しい。もっと早くにこの空間を生み出せたら良かったのにね…笑。でも良いんだ、今幸せだから。

仕事は相変わらず難しいが、前の仕事をしてた頃のように “こんな事していて何の意味があるのだろう?” とか “時間を無駄にして給料を貰っているからひたすら辛抱…” とか思う事は無く、“前回ああやって躓いたから次はこうやってみようか…” と考えて実行できる事は楽しいから、とっても有り難い。





久しぶり(と言っても2週間ぶりくらい)にライブ観に行った。



MotherMANというバンド。Vo.&Ba.の秋山氏の弾き語りは一度だけ観た事があったが、バンドのライブに行くのは初めてだ。今回のライブは、私の好きな渋谷チェルシーホテルが会場だったし、私の場合ライブって結構リピートで行くから、全ての出演者が初見っていう事が滅多に無いのだが、まさに今日が滅多に無い日だった。



そもそも今日のライブに行こうと思い立ったのはyoutubeにアップされた新曲が2曲とも良かったからである。特に “新しい鼓動へ” が超ウルトラミラクル気に入った。



MotherMANというバンドはyoutubeに沢山の動画をアップしていて、結構色々なバンドやアーティストのカヴァーをしていて、その殆どを視聴したのだがカバーで私が一番気に入ったのはオリジナルラヴのカヴァーだったな。MotherMANは5人編成のバンドで、ヴォーカルギターも含めるとギター3人も居て、そんなにギター居て音被らないのかよ!って思うんだけど、Vo.&Gt.の玉城氏がアコギを弾いてたり、Gt.小林氏がシンセギターになったりで、すごく上手くパート分けができている。オリジナルラヴのカヴァーなんてブラスパートを小林氏が弾いてるんだから流石である。あとキリンジをカヴァーしているのもすごいなって思った。キリンジのカヴァーしているロックバンドってそうそう居ないよな。



初めて観るMotherMAN。当然の事ながらyoutubeで見るライブビデオより格段格好良い。若さと勢いがあって、メンバー同士仲が良くて互いを大事にしていて、音楽が楽しくて仕方がないからバンドやっているような青年達で、あぁなんか良いなって素直に思った。以前Vo.&Ba.の秋山氏の弾き語りライブに行った時にGt.小林氏も観に来ていて、そう言えば先月最終少女ひかさってバンドのVo.&Gtの但野氏の弾き語りライブに行った時もメンバーが観に来てたなぁ…なんて思い出して、そういうバンドってとっても素敵だよなって単純に思う。



Dr.の仲地氏はリズムは安定していて聴き易く、それでいてフィルを派手に入れていて存在感のあるドラムプレイ。スティック捌きも見事だった。Gt.櫻井氏もギターの刻みは彼が担っていたのではなかろうか。グルーヴ感のあるカッティングがとても心地良くて、ソロも良かった。これはかなりの重要ポジション。Gt.小林氏はフレーズのセンスが抜群だなぁと思う。新曲のディレイ掛かってるところとかすごく好き。Vo.&Ba.の秋山氏はとにかく神がかったように歌が上手いんだけど、もっとすごいのは歌いながら指弾きでベースを弾いてる事。それも結構複雑なリズムをグルーヴキープして弾いている。Vo.&Gt.の玉城氏は、自身のC型肝炎と向き合いながらバンドをやっていたらしく、体調が悪くてライブに出演する事が出来なかった時期もあったようだが、今年そのC型肝炎が完治したらしい。これは相当めでたい事である。本当に嬉しそうに、楽しそうに全身で心を表現するように歌っていて、すごく良いなと思った。勿論歌も上手い。



なーんて久しぶりにメンバーについて評論家のように語ってしまったが、私は評論家でもプロデューサーでもないので、あくまでも自分の感想オンリーなので、素人のクセに何コイツ偉そうにとか、何もわかってないクセに良くこんな事が言えたモンだとか、読み手に感じさせる文章だったらごめんなさい。悪気は無いぞ。



話は変わるが、こないだFOLKSと対バンしていたasobiusというバンドのライブを観たんだけど、asobiusとMotherMANはどうやら繋がりがあるようだ。asobiusも良いなぁと思ったバンドで、来年にでも両者が対バンすると良いなぁと思っている。



MotherMANのみなさま楽しいライブをどうも有り難う。それにしてもMotherMANの新曲 “新しい鼓動へ” は本当に良い曲だなぁ。大好き。今iPad通信制限でyoutube見れないけど、これを読んだ方でまだ聴いてないよって方は下にリンク貼っておくので是非聴いてみてね! 個人的にはインディーズバンドとは思えない完成度だと思います。







 MotherMAN/新しい鼓動へ

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2015年11月30日月曜日

音楽は色褪せない

2015年11月30日



一週間が始まった。先週は仕事がキツイなぁって思ってちょっと弱気になったのだけれど、今日は仕事で良い事あった。まぁまさかのポケットに穴が空いていて120円落としたのは残念な事であったが、被害が120円のみであったのは幸運な事だと考えよう。







先週はTHE BOYS & GIRLSが札幌でLINKと対バンしたんだなぁ。ヴォーカルのワタナベシンゴ氏がLINKの事喋ってるのを聞いて、あれ?LINKって私が高校生の頃CD買ったバンドのLINKと同一バンドかな?って思った。彼の学生時代にパンク?ロック?の憧れのバンドだったって話してるのを聞いて、それから彼らのラジオ番組でLINKの音源がかかった時に、どうやら私がCD持ってるLINKである可能性が強いと思って。


LINKの曲、何曲かメロディー思い出せるんだけど、タイトルが思い出せなくて。急にCDが聴きたくなって。今のマンション部屋狭くて、殆どのCDは実家に置いてあるんだけど…なんせCDはすごい枚数持っているからね…LINKのCDを取りに先週末実家に帰った。


そして今日マンションの部屋で聴いたんだ。ワタナベシンゴ氏の発言にあった「愛の花」だった、私の好きな曲。HEART ATTACK MACHINEというアルバムのほうは、よく聴いていたので全曲思い出した。本当に同一のLINKだった。



なんかすごいなって思った。



自分が高校生の時に良く聴いたバンドの曲を、今自分が好きなバンドのメンバーも聴いていたなんて。私は神奈川県で育ち、彼らは北海道で育った。だが音楽は地域を余裕で超えるんだな。そして遂に北海道でLINKと対バンしたなんてさ。ボイガルの皆さん、おめでとう! 行けるもんなら私も観に行きたかった…。








そしてもう一つ。今週の土曜日はFOLKSを観に行くのだけれど、対バンにavengers in sci-fiが出るのだ。私は20歳の時にavengers in sci-fiを渋谷チェルシーホテルで一度だけ観ている。こないだのブログにも書いたが、当時組んでいたバンドのメンバーがやっていた別のバンドを観に行って、その対バンにavengers in sci-fiが出ていたのだ。



ライブで初めて曲を聴いて、めちゃ良いバンドだなぁって思ったんだけど、確か音源売ってなかったんだと思う。CDとか買えなくて、そのバンドかけ持ちしてた友達に「この前対バンしてたavengers in sci-fiってバンド超カッコ良かったなぁ」って話したら「あぁ俺、彼らにもらったCDあるから貸そうか?」「貸してー!」ってやり取りをしてから約半年後、さんざん催促し続けた甲斐がやっと実り、私の手元に回って来た2枚のDEMO CDと共に彼の謝罪の言葉「持って来るのめちゃくちゃ遅くなったから、もう返さなくて良いよ、あげる」「良いの? やったー!」という事で、今でも私の手元にあります。合わせて3曲しか知らないんだけど。



そんな懐かしい思い出のあるバンドと、今大好きなバンドが対バンするのだから、これは絶対に観に行かなくては!という事で、よくFOLKSのライブに誘うクリエイター仲間を誘ったんだけど、この日は繁忙期の臨時出勤だそうで、ひとりで感慨深く音の海に浸ります。
















avengers in sci-fiは今どんなサウンドを奏でるんだろう?
FOLKSと同様、機材多いバンドだって書いてあったけど。




楽しみ楽しみ♪









2015年11月28日土曜日

双子の誕生日はいつだっけ

2015年11月28日



そういえば11/28って、小学校の時すごく仲良かった友達の誕生日だゎ。昔憶えた誰かの誕生日っていまだにはっきり憶えていて、全く忘れる気配がない。小学校の時の仲良い友達の誕生日って、本当にいまだに全員分憶えている。10人分くらいは余裕で思い出せる。今でも連絡取ってるのはそのうち半分もいなくて、だからもう「今日誕生日だね、おめでとう」という事はなくて、祝う事もできないのに、おそらく私は死ぬまで彼女らの誕生日を憶えているのだろう。



逆に大人になってからの友達の誕生日は一度聞いたくらいでは全然憶えられなくて、今関わりのある人の誕生日は全然祝えていない。



これは大変残念な性である。









全然話は変わるが、1ヶ月前くらいに遭ったなんとも一言では片付けられない出来事について記したい。








大学生の時に私は音楽サークルに入っていたのだが、その先輩方と八幡山天下一品にラーメンを食べに行った話は、以前このブログに書いた通りである。今振り返ってみても先輩方には本当に良くしてもらったものだ。そのサークルに2コ上の双子の先輩がいた。双子で、二人とも同じ学科に在籍していて、同じサークルに所属していて、同じバンドをやっていた。顔も背丈も同じで、髪型が唯一違ったけど、ツインボーカルやってた。二間あるアパートの部屋を二人で借りていて、本当に仲良い双子だったんだな。私はそのうちの兄の方とバンドを組んでたけど、どちらとも割と仲が良かった。当時は “先輩” という認識が強くて仲良いとか仲良くないとかあんまり考えなかったけど、その後の人生の事を思うと、彼らとは不思議と気が合う感じだったんだと思う。





先日、いつものように下北沢でスープカレーを食べていた時、お店は“心”っていうお店だったんだけど、時間がランチ終わってディナーにはまだ早い時間帯で、店内は空いていた。そこに2〜3組お客さんがいる中、カウンターで男性2人のグループが食事していた。私が座っていたのはカウンターから離れた席で、最初はそのうちの一人が双子の先輩の弟のほうに似ているなぁってなんとなく思っただけだった。顔は遠くて良く見えなかったのだが、雰囲気というか彼が被っていた帽子が、当時弟のほうがよく被っていた帽子に形が良く似ていたからだ。しかし、なんとなく目に入る度に気になっているうちに、その隣にいるもう一人が双子の兄のほうのような気がしてきた。





まず二人とも煙草を吸っている事、歳が同じくらい、背丈が同じくらい、仲良く話し込んでいる事、服装、それからドキッとしたのが、二人のうち一人だけが左手でスプーンを持っていた事だ。そう、私の記憶では弟のほうが左利きだった筈である。でもそれは曖昧な記憶。ただどちらか一方が左利きだったのは確かな記憶。しかしカレー屋さんで左手でスプーンを持っていたのは、兄だと思われる服装の男性のほうだった。





私の記憶違いか、兄弟の見間違いか、はたまた全く別人なのか、私が確かめる前に彼らは店を出ていった。兄と思われるほうが自転車を押していた。彼らは在学当時、成城学園前のアパートに二人で住んでいた。卒業しても二人とも東京に残ると言っていたから、今でも下北沢周辺に住んでいても不思議ではない。仲良かったくせに、彼らの卒業と共に私はサークルを辞めてしまったので、気まずくてそれ以来サークルの仲間とは一度も連絡を取っていない。そもそも仲良くなかったのかもしれない…笑。でも私は先輩達の事はみんな好きだったし、嫌いになって辞めたのではない。





今会ったらどんな話をするだろう? もうそれぞれの家庭を持っているのだろうか? 音楽はもうやっていないかな? 私がいまだに音楽をやっていて、まだ結婚していないって知ったら “やっぱりな” って笑うだろうか?





彼ら(双子の先輩)と居るのは楽しかったな。隠し事とかなかったし、先輩だけど特に気を遣う事がなかった。有難い事である。兄のほうとは二人でスタジオ入ったり、飲み行ったり、カラオケ行った事もあったっけな。彼らとは彼氏とも友達とも話さないような事を喋った。今考えるとなんだか不思議だし、彼らに似ている人にはその後の人生で一度も出逢っていない。










彼らは、いつまでも変わらない気がするし、変わってほしくない。



なんだか、彼らの事を参考にして、双子の小説が書けそうだ。



もちろん、彼らの誕生日は憶えていない。いつだったんだろう。









2015年11月18日水曜日

憧れのチェルシーホテルに岡崎体育が立っていた

2015年11月18日



超絶ウルトラ久しぶりに渋谷のチェルシーホテルに行ってきた。20歳の時、私にとってチェルシーホテルは憧れの場所だった。チェルシーホテルの詳細を知らない読者のために一応説明しておきますと、チェルシーホテルはホテルではない。ライブハウスである。なぜホテルという名前を付けたのか、私は調べていないのでまだ知らない。



私が三軒茶屋に住んでいた20歳の頃、私が3ヶ月間だけ在籍していたバンドのメンバーがやっていたもう一つのバンドのライブがチェルシーホテルであって、確かチケットを貰ってメンバーと観に行ったような気がする。で、ライブハウスらしからぬチェルシーホテルの内観が気に入って、ライブやるならチェルシーホテルでやりたいものだとその時思ったのである。









久しぶりに行ったチェルシーホテルは、記憶よりもだいぶ小さかった。おそらく小さく改装するとも思われないから、私が大人になって大きくなったか、お客さんがいっぱい入っていたからだろう。ここで無料のイベントが度々開催されている事はちょっと前に知った。



さて、前置きはこのくらいにしておいて、昨日は岡崎体育のライブを観に行ったのである。岡崎体育じゃないアーティストが他4組くらい出たんだけど、岡崎体育の客が桁違いに多かった、気がする。私は最初のほうから割と前で観ていたのだが、岡崎体育の前になったらドッとファンが前方へ押し寄せたのである。支持率高っ。



で、ライブが始まった。いきなりテンション高い。twitterやらyoutubeで観たところによると、最初から最後までエンターテイメントのようだったが、毎回最初からあのテンションで舞台に上がるのはスゴイと思った。そして、最初の曲からいきなりエンターテイメントだった。歌詞がめちゃくそ面白い。また、その曲がyoutubeにあがっていない事がまた計算高いというか、なるほどねーってめちゃめちゃ感心した。



次の曲も、その次の曲も面白い曲だった。ライブハウスという場所で、面白い曲をやるアーティストって私はあんまり知らなかったので、彼の一人勝ち、ライバルなんていないじゃないか。本当に口パクだったようだけど、口パクってバラしておきながらちゃんと口は動かしていて、ホントに口パク?と思わせるほど精巧な口パクである。顔の表情やジェスチャーとかも完全にエンターテイメントでスゴイなって感心してしまう。周りの客がめちゃウケていた。私はウケるより唸ってしまった。普通に良い曲を書いて、普通に演奏の上手いバンドは、音楽業界に結構いる。それにエンターテイメント性が加わったバンドが人気を誇る現代である。



彼のライブに足を運ぶのは今回が初めてだ。というか、今まで存在を知らなかっただけだ。周りの客はどうだったのだろう。何度もライブ来てるファンなのだろうか。youtubeは一通り聴いてみたしblogも読んだ。去年のワンマンまでしか更新されてなかったけれど。で、岡崎体育のライブってこんな感じかなぁ…と思い描いていたんだけど、ライブ観て、あぁなるほど。そこであのシーンか。とか、ほぅそうか。それでこの曲か。と、やけに納得して、改めてエンターテイナーとしての岡崎体育に感服した。と言うか、どの曲にもオチがある。関西人のパワーに圧倒されたし、関西人ってどうして、目線一つとっても面白いんだろう。その発想とか間の取り方とか、何が違うんだろう。関西人ずるい。



彼は物販の商品を「買って下さい」なんて一言も言ってないのに、物販には長い行列ができていた。隣で他の出演者らが物販を売っていた。岡崎体育も物販出てくるのかなぁと思ったけど、スタッフの女の子が一人でめっちゃ頑張って対応していた。彼女がとても感じが良く、一生懸命やっていたので、なんか結構売れていた。本人出て来ないのに、物販の中で一番売れていた。岡崎体育めっちゃ楽して儲かってるじゃん。酷い話だ。他の出演者には申し訳ないけれど、他の出演者もスペースシャワーに選ばれて出演しているだけあって、みんな演奏上手かったし曲の内容も良かったにもかかわらず、私も岡崎体育グッズだけを買って帰った。これが現実だった。限られた金銭で何を買うのか、という事に、当然ながら世間は厳しい。



岡崎体育と対バンしたいな…と思っていた。でも昨日、岡崎体育とは対バンしたくないな…とも思った。これを言うと、岡崎体育と勝手に勝負をしているみたいだけど、岡崎体育にはとても勝てない。作曲や編曲のセンスは抜群だし、それに加えて一曲一曲に笑いのポイントを詰め込んであるライブ。強敵だ。ただ、岡崎体育のライブは、全てが計算し尽くされているのではないか?と私は思った。









昨日のライブは、岡崎体育のライブを初めて観る人向けに構成されていた、と思う。私もそのうちのひとりであった。「岡崎体育ってどんなもんや? 観に行ってみるか」という大きな集団に向けて作られた世界のように感じた。よくミュージシャンは言うだろう。「こんなにたくさんのお客さんが来てくれて本当に嬉しいです。ここにいるひとりひとりに届くように歌います」と。それってキレイ事か?



でも、どんなに広い会場で、どんなに大勢の客が聴いていても、その曲が誰かひとりの心に届けば良いな…と願いながら歌う歌は、誰かには届かなかったとしても、きっと誰かの心に沁みる、と私は考えている。私の事を知らないミュージシャンが、彼の彼女の大切な特定のひとりを想って書いた曲を、自分を応援してくれる大切なファンを想って歌えば、それは彼らの曲にもなるだろう。



何が引っかかったかと言うと、どんなにエンターテイメント性を考えても、5曲やるならうち1曲は生で歌ってほしかった、6曲やるなら、せめて2曲くらいは口パクでなく、本物の声で歌ってほしかった、という事だ。テレビではなく、ライブハウスという空間にわざわざ足を運んでいるのだから、振り付けなんて無くって、全く面白くない曲があっても良い、1曲くらい生の歌声を聴きたい。そうでなければ、演劇や大道芸ってジャンルで売り出すべきであるよ!と私は勝手に思った。演劇性はじゅうぶんあるし、大道芸としてやってもじゅうぶん人を惹きつけられると思うから。



彼まだ25歳なのか。あれ?フライヤーにそう書いてあったけど、計算してみると26歳だな。フライヤー間違ってるじゃん。まぁ何にせよ面構え・身体つき・言葉全てに貫禄あるけど、人気出てきて、第1波目の波に乗っているところだろうか。彼はきっと勝負している。彼なりに一生懸命にエンターテイメントについて研究し、毎回のライブに挑んでいるのだろう。でもきっとこれからぶつかる壁もあって、まだまだ上を目指して上昇するだろう。私も音楽の世界で、彼とどこかで巡り会えるように出直そう。そしてライバルとしてではなく、一緒に人の心に届く作品やステージを作ってみたいと強く思う。私もまだいろいろ足りない。彼もまだ時期じゃない。負け惜しみじゃない。心からそう思っている。



音楽ってなんだろう?という奥深き問いを、昨日投げかけてきたのは岡崎体育だった。簡単に答えを出すのは浅はかで、永遠に答えが出ないかもしれないこの問いに、私は表現者の仲間達と共に挑もうと思う。もう岡崎体育と勝負しようとか思わない。自分には才能がないからダメだなんて、もう決して言わない。









岡崎体育は、これからきっともっとスゴくなる。岡崎体育の今後の音楽におおいに期待しよう。













2015年11月14日土曜日

中毒現象

2015年11月14日



寒くなってきた。ストーブが欠かせない。一昨日、下北沢を通ったのであるが、いつもの如く、古着屋さんと、エスニック雑貨屋さんと、スープカレー屋さんをきちんと巡ってから帰ってきた。だいたい毎週、下北沢を通るのだが、必ずと言って良い程、同じ店・同じルートを偵察して、目当ての商品がまだ置いてあるのを確認し、安心して帰る。そう、注目すべき点は、買うわけではないというところだ。まぁ、自分が大富豪だったらとりあえず買うとは思うんだけど、残念ながら今はまだそうではないので、あれこれ考えちゃうと結局買わない。頭おかしいのではないか? と言われても異論ないし、もはやこれは中毒現象である。






でも、こうしてほぼ毎週お店に通って2ヶ月も経つと、結構商品入れ替わってくる。最近めっきり寒くなったから、ぬくぬく系の商品が店頭に並び、お店も模様替えしている。で、いつもの商品がいつもの場所になくて、ギャッ((((;゚Д゚))) 売れてしまったかっ‼︎ とドッキリするんだけど、違う場所に並べられていて、あぁ良かった〜〜と安心して店を出る。






一体何を見に行っているんだ? と気になるだろうから、一応お話すると、まず古着屋さんではジャンパー。めっちゃ気に入った絵柄で、サイズさえ合えば即購入するところなのだが、Mって書いてあるけどXLくらいにぶかぶか。でもポンチョだと思って着れば、着れない事はないと思う。とにかく絵が可愛くて、こんな絵柄の服、私は未だかつて発見した事がないから、とにかく欲しいけど7800円もするんだ。サイズも合ってて7800円なら惜しくもないけど、ぶかぶかで7800円はちょいともったいないかな〜〜と思ってしまうのである。






次にエスニック雑貨屋さんでは太鼓である。ちっちゃな可愛い太鼓を以前買ったのだが、飾っておくにはちょうど良いんだけど、叩くとなるとちょっぴり物足りない。で、大きな太鼓が欲しい。欲しいけど、買ってマンションの小さな部屋でドンドコ叩いたら苦情がきそうで、せっかく買っても叩けないのなら買う意味ないだろう…という結論に至るのだが、めっちゃめっちゃ良い音が鳴るんだ、その太鼓。9800円。9800円であの音って絶対破格値だと思う。一流の楽器じゃないにせよ、たまたま偶然、一流の音が鳴るように仕上がった感じ。まさに掘り出し物である。耳の肥えたパーカッショニストに見つけられる前に、是非とも私がこっそり手に入れたい。






最後はスープカレー屋さんなんだけど、前のブログでも紹介したが、本当にそこでバイトしようかなぁとまで考えた事のあるくらい大好きな味。チキンと豆苗を一緒に口に入れると、このままカレーと共に死んでもいい…と一瞬思うくらい破滅的に美味しいのである。だから家でもその味を再現しようと、チキンカレーに豆苗を入れて食べた事もあるが、確かに美味しかった事は美味しかったんだけれども、あの破滅的なパンチが出なかった。生きる事に執着する私が、例え一瞬でも死んでもいい…と思う事は相当レアな事であるから、このスープカレー屋さんはリアルにスゴイのだ。












スープカレーと言えば札幌が発祥の地らしいが、このお店は札幌に本店とかないそうである。



ポニピリカ 
           なんで死ぬほど
                         おいしいの?



                                                      あぁ誰か私に2万円くれー。








2015年11月5日木曜日

あなたにしか出来ない事

2015年11月5日


11月から新しい仕事(アルバイト)を始めた。

全く未経験の仕事。

私は飽きっぽいから、新しい仕事ってとてもワクワクする。でも同時に “私に出来るだろうか?” って不安にもなるし緊張もする。

新しい一歩踏み出すまでには勇気が要るし、それなりのきっかけが無いとやらない。

今回は、色々な事が綺麗に揃って、そんなワクワクする新しい仕事をやらせていただく事になった。





児童福祉の仕事。障害のあるお子さんと3時間一緒に過ごす、という仕事。障害の程度はまちまちで、でも市の認定を受けていないとうちの職場は利用出来ないので、軽い障害の子は来られない。ひとりひとりに合わせて接し方を変える必要があるので、多分めちゃめちゃ奥が深い。





今週は実習という事だった。時給ー50円みたいなやつ。今日出勤したら、突然「今日の実習の様子を見させてもらって、採用するかは一週間以内に書面で通知致します」と言われ、すっかり翌週も実習する気でいた私は寝耳に水! 「そうだったんですか!」と驚きを隠せずに言ったら「こればっかりはごめんなさい。2人の枠に6人の応募があったもので…」と言われた。そういう言い方をされるという事は、私は落ちる感じだな、これは。仕事始まる前から一気に、もう帰りたい、と思った。



しかも「今日の担当のお子さんは、距離をどう取っていくのかが難しいと思います」と脅かされた。近すぎると拒絶されるし、離れすぎると退屈してイライラしてしまうそうだ。情報によると、彼女は女の子っぽいカワイイものや遊びが好きな小学校4年生だという。めちゃめちゃ私の苦手なジャンルである。小学生時代、私はそういうものを好まなかったし、そういう遊びが苦手だった。家族ごっこではいつも “お父さん” 役にされた。“お父さん” は朝会社に行って、夜帰って来るまで出番がない。めちゃめちゃつまんなかった。他のコは楽しく遊んでいたけれど。人形でも遊ばなかったし、着せ替えも興味なかった。確実に落ちる気がした。まぁ良いや。今日だけはもう楽しくやって、時給ー50円だけもらって終わろう…。









以下、当時の様子を3時間以上かけてたくさん書いたのだが、電源落ちて全て消えてしまったのでもう一度書くのもう無理。ブログに3時間とか掛けんなって? でも子供達の創造性や感性が本当に興味深かったんだ。あぁせっかく記録として書いたのに。消えてしまってとても残念!










結果は、なんと6人中2人の中に選ばれました。結局、絵を描いて遊んでくれて、特別女の子っぽさを出さなくても大丈夫だったので本当に良かった…笑。

きっとご縁があったので、これから頑張ります。写真は小学校4年生の女の子が描いて私にくれた絵!

















2015年10月16日金曜日

本当に気を付けよう

2015年10月16日



昨日はいろいろな事が重なって、ここ数ヶ月で一番落ち込んだ一日で、おまけに眠れない深夜にヒーターからも火花が出て逝ってしまった。やはり中古家電は怖いな。火事にならなくて良かった。だけど仲間のアドバイスに助けられた訳で、やっぱり仲間は実際の居住地の距離を越えるし、改めて大切さを再確認したのであった。



昨日は偶然にもいろいろな人の「プロ意識についての考え方」に触れる事となり、考え方は人それぞれ様々だが、ひとつ気付いた事は自分にはプロ意識が足りないのかもな…という事だった。まぁまだプロらしい事は何も出来ていないし、プロじゃないから当たり前なんだけど、それは仕事とプライベートの垣根を前々から私がちゃんと作れていなくて、プロはちゃんと作ってる人が多いみたいで、作らないと後々トラブルを引き起こす場合があって、もしそうなった場合私の性格じゃぁきっと対処できないから、今のうちから心に留めておいたほうが良いな、という事である。



ぐだぐだはやっぱりマズイもんね。本当に落ち込んだけど、でもいろいろと気付かせてもらえて皆様ありがとう。私も気付くのが次の仕事始まる前で本当に良かった、本当に気を付けよう。










気を取り直して、今日は下北沢BASEMENT  BARにてTHE BOYS & GIRLSのライブ。誕生日を挟んで最初のライブもボイガルだ。国吉亜耶子and西川真吾Duoとの対バンが楽しみなのだ。絶対に遅れないように行かないと。時間に遅れてしまうのも私のプロ意識の欠如だ、本当に気を付けよう。



で、その足で今夜は実家に戻らなくてはならない。実家の家族全員の体調がひどく悪いようなのだ。実家が最寄り駅から徒歩30分以上も離れているのが辛い。母が駅まで迎えに行くと言ってくれているが、そんなに体調悪いのに気の毒である。そうなるとバスがあるうちに駅に着かなくてはならず、最後まで見られない計算になる。まぁ最寄り駅からタクシーを使えば良い事だが、深夜料金でバスの10倍も払うよりは我慢して途中で抜けたほうが良い。










開演5分前に会場に着いたのに人が全然いなくてね、これはどうしたものか、と思いながら地下に続く階段を降りていったら、智也さんが階段上を見上げていて目が合った。THE BOYS & GIRLSのドラムのトモヤさんね。トモヤさんとは苫小牧ELLECUBEでライブ終わった後、猫の話をしたのね。憶えていてくれたのかはわからないけど、私がトモヤさんを認識して、あ〜っ!て顔したら「こんばんは〜」って言ってくれたので「こんばんは〜、お誕生日おめでとうございました〜」って言った。ちゃんと過去形でね。今日ではないからね。で、特に急いでいる様子もなかったんで、一緒に写真を撮ってもらった。28歳になったばかりの智也さんと。これは嬉しい!












とか楽しくやっている間に、扉の向こうから音楽が聴こえてくるんですよね。開演5分前なのにですよ。おかしいですよね。これは自分、なんだか大変な事をしてしまった心境になって、そんな時に扉を開けてケントボーイズも出てきたんだけれども、THE BOYS & GIRLSのギターのケントボーイズね、ケントボーイズとは渋谷La.ma.maでも苫小牧ELLECUBEでもお話しているので「こんばんは〜」って言ってくれて、これは一緒に写真を撮ってもらえる大チャンスだったにもかかわらず、私も「こんばんは〜」とだけ言って扉を開けてさっと会場に入った。





そうしたら会場はお客さんぎっしりで、国吉亜耶子and西川真吾Duoが演奏してる。





3曲目くらいで「最後の曲です」ってMC。これは開演時間を30分間違えた事確定です。( i _ i )
かなり念入りによく見たつもりなのに、本当に私は自分の思い込みで世界を見ていたようです。( i _ i )






でもまぁTHE BOYS & GIRLSのライブは観れたし、なんだか最終少女ひかさすっごく観たくなって観ちゃった。MCで「誰もお前をバカになんてできないんだよ」って最終少女ひかさのヴォーカルの但野氏の言葉が深く心に突き刺さって、久々に泣きそうになりました。自分が “私いっつもバカにされてる” とか “最近バカにされた” とか思ってる訳じゃないんだけど、毎日生きているとなかなか不条理な事、悔しい事にもぶち当たるものでして “あぁ〜自分ってホントバカだゎ” って思う事がしばしばありまして、自分で自分をバカにしていたのかもしれないのですが、とにかく「誰もお前をバカになんてできないんだよ」って言葉に救われました。で曲を聴いていたら、最終少女ひかさは苫小牧ELLECUBEで一度だけ観た事があったのですが、その時の情景とか空気とか一気に思い出されて、本当にライブの間ずっと時空を旅しまくっていた。あらためて最終少女ひかさって良いバンドだなぁと思った。






で、結局予定していた電車には乗れず。足の痺れは過去最悪。具合の悪い母に最寄り駅まで迎えに来てもらいました…結局。いつになっても頼れない娘ですみませんm(_ _)m
















2015年10月14日水曜日

八幡山、下北沢。

2015年10月14日



今日は朝乗った京王線が八幡山から動かなくなってしまって大変だった。そう、人身事故。復旧に1時間掛かるって言うから、八幡山から歩きましたよ。



そしたら、国道沿いに天下一品があってね、ラーメン屋のね。そこは大学1年の時に、サークルの先輩達と7〜8人で行ったラーメン屋さん。経堂からみんなでチャリで行ったんだけど、みんなの速い事! 私は大学入ってちょっと経ってから経堂でチャリ買ったのね。チャリ乗るの小2以来だったの、いや、当時住んでいたマンションが山を登って下った所にあって、とてもじゃないけどチャリ使う気にならなかったのね。でサークル1年生私だけで、待ってとも言えなくて、必死について行ったよね。道も全然わかんないし、方向音痴で覚えるどころじゃないから、見失ったら最後、迷子だから。



で、着いた先が天下一品。私は高校までラーメンを食べる事がそんなに無くって、大学入って経堂に住んでから近くにラーメン屋さんが沢山あって、友達と行ったり先輩と行ったり本当に新鮮だった。で天下一品もその日初めてで、とりあえず「ここどこですか?」って先輩に聞いたら「八幡山だよ」って。「八幡山ってどこですか?」って聞いたら「京王線の駅だよ」って。ふーん、と思った。天下一品は味が濃くって、私的にはヒットしなかったので、それ以降行ってなかったんだ。



7〜8人用の席は勿論ないからカウンターとテーブルにバラけて座って、私は食べるの遅いからみんなは先に食べ終わって外で一服してる。いつもそのパターンだった…懐かしい。本当にみんな毎回待っててくれたよなぁ…感謝。みんな元気だろうか。そう言えばあの日私はタムさんから貰ったおさがりのTシャツを着ていた。という事は夏だったんだなぁ。そう、先輩が私の背中の汗染みを見て驚いていたから確実に夏だったんだなぁ。柄はもう忘れてしまったけど、タムさんがブリーチしてヨレヨレしたグレーのTシャツ。あれ、元は何色だったんだろね。思った色にならなかったからいらない…って持ってきたのを私が拾ったんだよね。あぁタムさん元気かなぁ。タムさんは私が入った時もう卒業生だったんだけど、ちょくちょくサークルに遊びに来ていたから私は結構お世話になった。Duck Missileってバンドのベーシストやってた。Duck Missileは私が高校生の時にもう既にCD出していて、私は大学に入る前から知っていた。そのバンドのベーシストが自分の入ったサークルに居てビックリだったよ、本当に。



話が過去に逸れてしまったけれど、今日お店の中を覗いたら、そのサークルみんなで行った時とテーブルの配置が同じで、すっかり過去にフラッシュバックしてしまった。大学1年の1年間が人生で一番楽しかったもんな。



でも今日は用事を済ませたら「下北沢カレーフェスティバル」というイベントに行くと決めていたので、八幡山の天下一品はまたの機会に。








2時間半が過ぎて、京王線は復旧していてダイヤもほぼ戻っていたけど、乗客の数が半端ない。ラッシュ時でもないのに19時〜20時のような電車に乗って、下北沢まで行った。



改札口でカレーマップを貰ったけれど、やっぱりいつもの店に行ってしまった。
スープカレー ポニピリカ。
私はほぼいつもチキンカレーを頼むんだけれど、今日もやっぱりチキンカレーを頼んだ。チキンと豆苗を一緒に食べると、このまま死んでもいい!と思う程美味しい。チキンと豆苗がこんなにも合うなんて、このお店に来るまで知らなかった。









スタンプラリーがあって、カレー食べるとスタンプ1個貰えて、スタンプ1個でもステッカーが貰える!










下北沢の路地で、おかしいくらい全力で鳴き続けるカラスに出会った。何事だろうと思ってずっと見ていたんだけれど、結局5分以上鳴き続けてた。それも全力で。



カラスは好きな鳥だからカラスの生態の本とか買って持ってる。カラスが人を襲うのは子育て中に限り、子供の危険を察した時だけだって言うし、あんなに必死に鳴くのは子供でも盗られたのか?と思ったけど、どこか1ヶ所に向かって鳴いている感じでもなかったから本当にどうしたんだろうね…(心配)。










写真中央にいるカラスね。それから、最後にソフトクリーム食べて帰ろう♪ と思って豆乳ソフトが食べられるお店に行ったら、お店付近の路地で岡村氏と矢部氏が撮影してた。多分スタッフの人数は少ないほうだと思うんだけど、それでも20人くらいは現場にいて、おふたりは小さな中華料理屋さんに入って行ったんだけど、スタッフのうち数人は一緒にお店に入り(純粋な撮影部隊なのだろう)、数人がお店の前で何事もなかったかのように待機、数人が次の場所へ行くための下準備をしていて、番組ってチームだなぁ…と思った。多分スタッフの誰もがテレビやエンタメが大好きで、そういう世界に憧れて仕事をしているのだろう。私はそれを見ながらソフトクリームを食べていた。スタッフの女の子が、私も持っているジャンパーとほぼ同じジャンパーを着ていた。外側は全く一緒で、内側だけ色違いのパターンのやつだ。



いつでも注目されるのは主人公だけだけど、それを支える人々のほうが圧倒的に多いんだ。仕事ってそういうものだ。さぁ私は今後どんな仕事をしようかな。












2015年10月12日月曜日

米のビックリ

2015年10月12日



夕飯には、やはり米が食べたい。しかし、ここ大和に引っ越してからというもの、全然自炊してないし、米すら炊かなくなってしまった。以前はおかずは作らなくても、米は自分で炊いていたのに。


何故米を炊かなくなったのかと言うと、以前は5.5合炊きの炊飯器で、一度に3合ずつ炊いていたのね、2合白米に1号分の発芽玄米を混ぜてたの。美味しかった。で余った分からおにぎり4個作って、残りを2つの容器に入れて冷凍。こうすると4日くらい米炊かなくて済むのね。


引っ越しして冷凍庫がなくなった。既に備え付けの冷蔵庫が付いてて、それ以外に自分の冷凍冷蔵庫まで置くスペースがないから諦めたの。なので米を炊いても冷凍できないから、一度少量だけ炊いてみたんだけどそれでもすごいずーっと冷蔵庫に入りっぱなしで、その冷蔵庫に入りっぱなしの米を温めて食べたんだけど、冷蔵庫のプラスチックっぽい味が米に付いてて、あぁこれはもう米は炊けないゎ〜ってなった。










だけど、それから6ヶ月くらい自宅で米を食べてなくて、やっぱり米食べたい〜と思っている矢先、イオンでミニライスクッカーというものを見つけたのである! 超ちっちゃい電気釜。1.5合炊きとな。しかも5000円くらいで買えちゃう。ネットで調べてみたら、amazonで同じ商品がもっと安く出ていた。早速頼もうかと思ったけど、似たような商品がもっと安く出ているではないか!



機能的には、値段の高いほうがタイマーが付いていたりだけど、タイマー炊飯なんて20回に1回くらいしかしないし、値段安いほうのデザインが気に入ったのでそちらを選んだ。今日届いたので早速、今年5月に景品としていただいて開封せず保管してあった米の袋を開け、軽量カップですくうと……



何か黒い物体に当たった。
黒い籾殻? それとも異物の混入? まさか虫じゃないよね……



すくい上げてみると……
それは黒い米の集合体だった。何故だか黒い米が集まって固まってボールのようになっており、そこに普通の白い米もまぶりついていて、触れるとまぶりついていた白い米がぽろぽろと崩れた。なんだ、これ! 黒い米は普通の白い米よりも若干粒が大きく、白い粉のような斑点で覆われていて、腐ってるの? それともカビ? 粒が大きいのも気になる、本当に米なのか? 米でないなら一体なんなんだ⁉︎



キモっ‼︎‼︎‼︎   とにかく気持ち悪ぅ、ってなって、まぁ黒い米の周りにくっついてた白い米は落ちて他の米と混ざっちゃったし、ちょっともう食べられない。その黒い塊が出現したのがその袋の米を食べる前で良かったと思った。










で仕方ないので、これまた随分前に買ってあった玄米を精米して食べることにした。まぁ自分で精米して食べる米が一番美味しいのだ!



で、口コミに書かれていたように20分ほど水にうるかして、予定よりも30分以上遅れて米を炊き始め、炊けてからも20分ほどそのまま蒸らしてから食べたのね。



そうしたらなんと残念な事に、炊いたばかりの出来たての米なのに、電気釜のプラスチックっぽい味がしたの。自分としてはちょっと柔らかすぎたけど、普通に美味しく食べれる程度の硬さで上手く炊けて、おこげもちょうどいい具合にできたのに、味だけがホント残念! 多分蓋をすぐ開けなかったのがいけないんじゃないかなぁ。






口コミはあくまでも個人的感想だゎ。次はうるかさず蒸らさず最短で食べるゎ。






「うるかす」で思い出したけど、今朝見た夢の中で、エレベーターに乗ってて、降りたい階のボタンが押されていない事に直前で気付いて、慌てて押そうとしたのに指がボタンに的中しなくて、結局その階通過しちゃって、FOLKSの岩井郁人氏に「今、押したよね?」って言われて「いゃぁぁぁ〜押ささらなかったぁぁぁ〜」って答えて、えっなんで⁉︎ 今押す動作してたのに押してないってなんで⁉︎ って信じられない顔されたのを思い出した! 素晴らしい事に北海道人に対してちゃんとあえて「押ささる」という言葉を使ったのだ! それにしても「押ささる」の否定語は「押ささらない」で良いのよね?




夢に郁人氏出てきたのこれで2回目だゎ。
1回目は、何故か私がFOLKSのスタッフやってたのを、ツアーの真っ最中に辞めるという夢で郁人氏に、えっなんで⁉︎ この時期に信じられない…という顔される夢だったよ。自分でも言っちゃってから、あっ辞める時期が悪かったな…って思って「でもツアー終わるまでやります…」って言い直すんだけど既に超気まずい雰囲気になっちゃってて、しかもツアーでホテルとかに泊まるのに着替え1着も持って来てなくて、新幹線降りて逃げ出すの。変な夢!


(ノ_<)。。












2015年10月8日木曜日

境川walk

2015年10月8日



悪循環が続いてしまって、昼過ぎに起きた。ここ最近、昼間寝て夜起きてる生活がひどすぎるので、そろそろどうにかしなければと思っているのだが、夜になってやる事を思い出したり、期限のある事をやっていなかったり、翌朝起きたらやろうと思う事を考えたりするうちに眠れなくなったりで、本当に困ったものだ。曲作りをし出すと、平気で12時間以上座りっぱなしだったりするし、身体的にはあまり疲れていないのかもしれないが、健康面ではかなりヤバそう。





で多分そのせいなんだけど、ここ1ヶ月くらい前から急に脚に痺れが走る事が度々あって、なんかおかしいなぁ〜と思っていたら、2週間くらい前からそれが所構わず一日に数回は起こるようになった。以前は長時間デスクに向かっている時だけだったのが、ライブ観て数時間立ちっぱなしの時だったり、座ってご飯食べてる最中だったり、乗り物の座席に座ってる時だったり。



それが遂に昨日、歩いている時に痺れがきたのだ。電車に乗り遅れそうで全力で走った直後。激ヤバ。電車に間に合って座席に座っても痺れはとれなかった。まぁ痺れながらも歩けるくらいの痺れなので、大丈夫気にしないって思えば問題ないのかもしれないが、まぁとにかく違和感を抱えながら一日を過ごしたのだ。





で、作曲の師匠に会った時にその話をしたら「腰と首は本当に気を付けたほうが良いですよ、僕も前に腰も首もやっちゃった事あって、そうなると痛くて夜眠れないですよ」という話になった。「ずっと座りっぱなしで作業するのは本当に良くないから、僕は部屋に肩くらいの高さのラックを組み立てて、立ってパソコンやったりします。で、しばらくしたら座ってまたやって、しばらくしてまた立ってやって…を繰り返します」と言うので、私は えぇっ(笑)とか言って笑っていたら「いや、笑い事じゃなくて、本当にそうですよ。腰悪くしたら大変ですから、本当に気を付けて下さいね、笑ってますけど…」と言われた。








という事で、いよいよ事の重大さに気付いた私は、今日ウォーキングをする事にした!







今日は本当に良い天気で、空は真っ青、湿度も低く、正に秋晴れ!
しかし、歩き始めた途端に脚の痺れがビンビンきた。気になったがそのまま歩く。



境川まで行くと、子供が3人で川に入って遊んでいた。そのうちのひとりは肩まで水に浸かっている。いや〜男の子はいつの時代もやんちゃだなぁ…なんて思いながらよく見たら、肩まで水に浸かっていたのは女の子だった! ひぇ〜(驚)!と驚いて子供のほうばっかり見てたら、ドッカンと車両止めのポールにぶつかった。何故か左手を強打して、指に赤黒いあざが2つもできてしまった。



アオキの実はもう赤く色付きつつあって、ナナカマドの実も真っ赤で、オシロイバナの種は黒く実って散乱していた。ススキの穂が日に当たって光っていた。秋の虫は昼間からもう鳴いていた。



3時間ほど歩いたらもう夕暮れだ。遠くの山並みが夕日のシルエットになっていて、紺と橙が混じり合う空の色はめちゃくちゃキレイ。iPad充電中で持ってきてなくて残念ながら写真は撮れなかったんだけど、本当に透明感ある澄んだ色の空だったゎ。秋は良いね。










また歩きに来なくちゃ。仕事始める前までは、ちょくちょくウォーキングしないと本当にマズイよね。仕事始めても、休みの日だけでも運動しないとやっぱりマズイと思う。歳をとってからでは遅いのだ!

だけど、相当な事が起きないと多分運動しない私である。でも歩けなくなってからリハビリとか金銭的にもマジやばいから、その前にウォーキングしとかないと! コンスタントにウォーキングを続ける何か良い方法ないかなぁ…。







あぁあぁあぁぁぁぁぁ〜っ!








2015年10月1日木曜日

『終わりは始まり』

2015年10月1日



今日から10月か。9月の終わりは10月の始まり。10月から仕事を始めようと思っていたのだが、じっくり考えて止めた。話せば長くなるし、書けばもっと長くなるので割愛するが、とりあえず今月いっぱい生活するだけの貯金はまだあるので、この1ヶ月間にできるだけの事をやろうと決めた。




ポジティブな結論を出した後なのに、なんだか落ち込む。
昨日も、新しい方向が見えてきて「今度こそ自分に負けず頑張るぞ⤴︎」と意気込んでいたのに、一夜挟むと一気に落ち込む。なんでだろう。




なんでだろう…と午前中ずっと落ち込んでいたら、ようやくその理由がわかった。

これは『癖』だから仕方がないのだ。

そう、私は何か決断した後にしょっちゅう落ちこんでいる。それも自分にとって “良い” と思われる決断をした後に。自分の心の中の “落ち込む” という単語を一般的に訳すと “不安” という事だ。そうだ、私はただ不安になっているだけ。だから大丈夫。





家族と住んでいた頃は、私が決断した後に落ち込んでいると、やっぱりみんな意味わかんなくて「落ち込むって事は、その決断は本当に自分の心からの決断ではなかったんじゃないのか」とか「決めたからには落ち込んでいる暇はないだろう、やってみるまで何もわからんだろう」とか「落ち込むとかそういうネガティヴな言葉を使うと、本当にひどい状況を呼び込んでしまうから言葉に気を付けたほうが良い」とか「落ち込む落ち込む言われるとこっちまで暗い気持ちになるから、頼むからそんな顔しないでくれ」とか言われて、自分は二重人格で鬱の気があるのではないかと思って、いつもますます落ち込んでいた。




だけど、私の心が落ち込むのは、私の頭が落ち込む状況とは違って、そう、不安って事なんだ。だから家族に言われた事は当てはまらないし、とりあえず引きこもりにはなってないし大丈夫。


思えば、私は家族(主に両親)に言われる事にいつも囚われていたんだな。

数年前に母から直接聞いた話だけれど、私が小学生になった頃から、私が両親の幼少期とは違い過ぎて、どうして自分達と全く違う子供を授かったのか、まるでエイリアンのようだと思ったらしい。聞いて納得、私は私で、事ある度に自分の中の大切な部分をいつも理解してもらえなくて、そのくらいの歳から “両親に話したって無駄だ” と絶えず失望感があった。



父は私より早くに仕事に行き、私達が夕飯を食べる時間には帰って来られなかった。だから週末しか一緒に過ごせなかった。だから母が私の事を全部やってくれていた。宿題も手伝ってもらったし、勉強も見てくれた。そりゃ母の影響は “物スゴイ” ものだったろう。






母に言われた言葉の囚われは、多分3つ。その影響は、勉強面・絵画面・音楽面にわたる。

まず勉強面は、これ。

「あなたはお父さんとお母さんの子供なんだから、お父さんの良い所とお母さんの良い所とを併せ持っているんだから、絶対に勉強ができないはずがないのよ、だから努力しなさい」


まぁ子供に自信を与える言葉としては良い言葉かもしれないが、これは小学校低学年の頃、勉強ができない時にいっつも言われてた。当時、私は普通に「そうなのか〜」って素直に信じちゃって、それから問題の解き方のコツとか教えてもらってからは勉強が得意な部類に入って、学生時代は成績こそ良かったんだけど、それは机上の学問って話で、いざ実践っていう時にいっつも上手くいかなくて、英語とか本当にそう。数学もそう。よく考えたら好きじゃないんだよ、勉強の全てが。テストの期間が終わるとすぐに忘れてしまう、興味ないから。だから、実践ができない。

母は、作文が上手くて、英語も話せて、生物学に詳しく、いろんな知識がある。

父は、英語と数学が得意だ。理論立てた話し方も上手い。まぁ仕事で毎日使ってるんだから、できるの当たり前か。

それに対して、私はどれも苦手。と言うか、本当は興味がない。





次に絵画面で、これ。

「あなたの絵はのっぺりしていて、影の入れ方とか教えてもらえばもっと上手くなるのに残念ね」


母は、絵が得意な人だった。祖父母の家に飾られていた油絵は、母が描いたものだった。きっと絵を描くのが好きだったのだろう、小学生になった私にも絵を習わせた。で、なんとなく通っていた教室で描いた絵を持って帰ってきて母に見せたら、そう言われた。絵は多分好きだったが、その時、私は自分の絵は要するに下手なんだな、とがっかりした記憶がある。


大人になって、旅行先で母と器の絵付けをした時、母はうちの猫の絵を描いていたんだけど、それがオリジナリティあってとても可愛いかった。自分の絵と並んでいると愕然とするし、やっぱり母は絵が上手かった。自分は絵が上手いから、小さい頃の私の絵を残念に思ったのだろう。小さい頃の私は、とにかくのびのびしていなかった。だから、必然的に絵ものびのびした絵でなかった事は確か。でも、小学校低学年の子供に影の入れ方は高度すぎるだろ…笑。






最後に、音楽面の2つ。

① 「あなたの歌は声がキンキンしていて、ずっと歌われると頭が痛くなるの、とても聴いていて心地の良い声ではないわ」


音楽学校に行き、ボイストレーニングを受けていた2年間を経て、家で何気なく歌を歌うと、母は決まってこう言う。これは今もそうだ。確かに、もっと響く声だったら今頃プロの歌手になってたゎ。

母はカラオケが嫌いで、それまでカラオケで歌う姿を見た事がなかったのだが、私が社会人になってから親戚で旅行に行った時、ひとり1曲歌う事になり、母がその時選んだ曲は、なんとイエローモンキーの『楽園』だった。私が中学生の時によく聴いて歌っていた曲だ。そんな曲を母が憶えているなんてびっくりだったが、もっとびっくりした事は、それがなかなか上手かった。親戚中大絶賛。父はカラオケ好きで、親戚の集まりの際には私と父ばかり歌っていたのだが、私も父もこれには驚いた。母は、実は歌が上手かった。



② 「そんなつまんない歌しか作れないようじゃ、残念ながらプロにはなれないわね」「楽譜も書けないようじゃ、作曲する上で致命傷」


これは、音楽学校時代に、楽器も歌も才能ないから、じゃぁ作曲家にでもなるか!って私がふざけて言った時にガツンと言われた言葉で、再び作曲をやり出した今、作曲に行き詰まると必ずこの言葉にぶち当たる。私はやっぱり無理なのか? 仕事を辞めてまで挑戦するなんて無茶だったのか? 早く諦めて誰にでもできる仕事するほうが身のためか? とその度に思うし、諦めさせるのにうってつけの言葉。

だけどさ、私は思ったんだ。
この夏、活性の火というイベントでたくさんの若者に出逢って気付いたんだよ。




才能なきゃ音楽をやっちゃいけないのかよ!




プロを目指して、夢に向かって頑張っている者の大半が、残念ながら音楽で飯は食えていない。

だけど、そういう彼らが観客に感動を与えられないか?って言ったら、全然そうじゃない。

音楽は時に言葉より多くを語るし、言葉では表現できない事も伝えられる。音楽が誰かを救う事だってあるし、救われた人に救われた音楽家だっているだろう。




プロになれなくたって、才能なくたって音楽の表現は自由にして良いんだ! 




私は何を勘違いしていたんだろう。趣味で音楽をやっている人だってたくさんいるのに、プロになれるくらい才能がなければ、音楽やる資格はないような気がしていた。それは母の言葉にも少なからず影響を受けているだろうし、音楽学校時代に “必ずプロになる” という強い意識を持って物事に取り組むよう指導されたせいもあるだろう。





だけど、それは私の勝手な思い込みだった。





母と比べるとなんでも劣る私。母よりできる唯一の事は書道だった。だから私はきっと中学・高校と書道部に所属したのだと最近になって思う。習い事も書道だけが小学校から高校まで12年間続いた。他は全て自信を失くして諦めていた。








『終わりは始まり。今までありがとう、じゃなくて、これからもよろしく』

昨夜、FOLKSのラジオの最終回で、ボーカルの岩井郁人氏がそう言った。FOLKSは9月末でベースの野口氏が活動休止を発表、更に毎週水曜日のラジオ番組も終了。これからどうなるの〜と不安になる私の心とは裏腹に、ネガティヴな感じは一切ない最終回だった。





終わりは始まりだって事くらい私だって前から知っているし、私はこれまでに何度も何かに失敗する度、この言葉をおまじないのように呟いてきた。つまり、ネガティヴなシーンで活躍するイメージだった。だけど、郁人氏がこの状況でこの言葉を使った瞬間、この言葉に対するイメージが一気にポジティブに変わった。





そうか。終わりは始まり。よく考えたらポジティブな言葉だ。私は何を勘違いしていたんだろう。気付けば勘違いや思い込みだらけ。この世界はもっと自由なんだ。誰かと比べないで、自分は自分で構わない。だから肩身を狭く生きなくても良いし、落ち込む必要もない。胸を張って進めば良い。






















2015年9月26日土曜日

滑り出し不調。逆転なるか?

2015年9月27日



何かが違う。

しかし、一体何が違うんだろう。




昨日は、誰とも会わずに、家から一歩も出ずに、食事も全然取らずに、今取り組んでいる楽曲のドラム打込み作業に没頭していた。そんな誕生日。こんな誕生日なんて初めてだ。歳をとったのだなぁ。










で、せっかく今朝4時までちょこちょこ修正して、一応リズムはできたから歌入れてみるか!って事で今日歌を入れてみたんだけど、とにかく歌いづらくて、一応録ってみたのだが、なんだこの歌! 決して歌が上手いわけではない事はわかっている。わかっているさ! だけど、こんなに下手だったか?



前作でも結局私が歌ったテイクを使うつもりでいるが、一応歌えているし聴き苦しい感じはない。ないと思うんだ。しかし、今回のはなんだ! これではせっかくの音源を世に公開できるレベルじゃない。この歌いづらさは尋常じゃないし、歌っている最中、自分の歌声が良く聴こえない。



レコーディング時の音響設定がおかしいのだろうか?

はたまた曲のキー設定がおかしいのだろうか?

最近ボイトレとか全然してないから、そもそも本当に歌が下手になったのか?




どれも当てはまるような気がする。




曲作りがなかなか進まないので、部屋の片付けをする事にした。

楽曲制作に一旦取り掛かると、部屋はぐちゃぐちゃ、寝る時間もめちゃくちゃ、食事も食べたり食べなかったりばらばらで、日常生活もままならなくなる。だから仕事をしながらできない。

だから今まで楽曲制作をやってこなかった。




でも、こんなに才能ないんじゃ、先行き厳しいゎ⤵︎ (´-。-`)



部屋の片付けも、なかなか進まなかった。
全てにおいて自信喪失したので、とりあえず寝る。
上手くいけば、明日は明日の風が吹くかもしれない。





かもしれない。

























2015年9月25日金曜日

1年間を振り返って

2015年9月25日



今夜はこの1年間を振り返ってみようと思う。

なぜ、こんな年末でも月末でも週末でもない、なんでもない日に1年間を振り返るのか…
それは、今日がひとつ歳をとる前の日だからだ。





この1年間を一言で表すと『音楽の年』だった。

前の会社でお盆休み(夏季休暇)もお正月休み(冬季休暇)もないまま働いて6年が経ち、これからもここで当たり前のように働くんだろうなぁ…そしてこのままどんどん歳をとっていくのかなぁ…と何となく不安がよぎって、唐突に

そうだ!ライブ行こう!

となったのが昨年10月末。そして来たる11月9日、目指すは札幌。札幌cube gardenでのGalileo Galileiのワンマンファイナルに単身上札(?)したのが事の始まり。そこでガリレオのライブに感銘を受け、気付いたら

そうだ!音楽やろう!
そうだ!曲を作ろう!

となっていたのだ。そして “夢見る札幌” という曲を作り、本当に仕事を辞め、音楽を作り始めたという始まりの1年間でした。


音楽制作については試行錯誤の連続で、今年8月にやっと新しい機材を揃え、自由に制作できる環境が整いました。完成した楽曲はまだ無く、完成間近でストップした曲が1曲と、まだまだ本当に始まったばかり。早く音源を完成させてツアーとか組んでみたいなぁ…まぁでも、始めてからまだ1年経ってないし、まぁまぁ順調か。





ライブは、この1年間にたくさん行った。

2014年は
11月9日 札幌cube garden (Galileo Galilei)
のみだけど、

2015年は
1月11日 札幌COLON (Galileo Galilei)
1月25日 新代田FEVER (Galileo Galilei)
3月8日 渋谷duo MUSIC EXCHANGE (Galileo Galilei)
3月20日 代官山UNIT (FOLKS)
3月26日 新宿LOFT (Galileo Galilei)
5月6日 渋谷CULB QUATTRO (FOLKS)
6月14日 渋谷Lamama (FOLKS)
6月25日 新宿JAM (花泥棒)
7月12日 札幌ビジュアルアーツ (FOLKS) ←この日 THE BOYS & GIRLS を知る。
7月19日 岩見沢グリーンランド (Galileo Galilei・THE BOYS & GIRLS)
7月23日 新宿red cloth (THE BOYS & GIRLS)
8月4日 渋谷Lamama (THE BOYS & GIRLS)
8月19日 下北沢ReG (秋山世威)
8月29日 苫小牧娯楽場パーク (FOLKS)
8月30日 苫小牧娯楽場パーク (THE BOYS & GIRLS)
9月2日 苫小牧ELLCUBE (THE BOYS & GIRLS)
9月20日 鳩ヶ谷 FIND (InbiZiburu)
9月25日 下北沢CLUB QUE (THE BOYS & GIRLS)

思い出すのが大変だった。もしかしたら他に行ったライブがあったかもしれない。
それにしても、7本は北海道ってキチガイじみてるなー。





今日は下北沢CLUB QUEでTHE BOYS & GIRLSを観てきたのよ。ライブはいつも通り楽しくて、対バンの他の2バンドも良くて、渋谷Lamamaの時に見かけた人が今日も何人か居て…

あと会場内の後ろの方にでっかいマンホールがあって、へぇ〜っここ会場内にマンホールあるよーと思ってその上で本棚のモヨコ聴いてたら(そこにスペースがあった、と言うより、そこにしかスペースが無かった)途中からやけにマンホールが響くゎ〜、前に入り込んできた人、やけに盛り上がってるなぁ…とぼんやり思ってたんだけど、ん?なんかこの動き見覚えある……この動き、この後ろ姿……このTシャツ……赤いコンバース……あーーーーーっ! 突然気付いたのだ! なんとTHE BOYS & GIRLSのシンゴ君だった! いつからここで観ていたのだろう。

シンゴ君がステージを観てる姿は幾度となく見ているけど、いつもその姿を見る度に、本当に音楽が好きなんだなぁ…って思う。本当に音楽が好きな人の音楽だから、いろんな世代の人々がTHE BOYS & GIRLSを聴きに来るし応援している。そして関係ないけど、シンゴ君は歌詞を間違えない人だなぁといつも感心する。自分の心の底からのメッセージなんだろうね、歌が。





さてさて、貯金もそろそろ無くなってきてしまったので、また仕事を始めるとしよう。今度は接客とか良いなと思っているのだ! なぜなら私は誰にでも平等に愛想が良いからだ!


友達が花屋さんやってて、かなりの力仕事だし結構キツイよって言ってたけど…そんでもって最近できた友達も花屋さんで働いてて、話聞いてたら花屋さんやりたくなった。とりあえず応募してみよー。






本棚のモヨコ、Doors って曲が良かったなぁ。東京でも頑張って‼︎










2015年9月24日木曜日

野口氏のこと

2015年9月24日



 F (((((;゚Д゚))))) O (((((;゚Д゚))))) L (((((;゚Д゚))))) K (((((;゚Д゚))))) S




今月はFOLKSに関してなまらショッキングなニュースが2件もありました。。。




ひとつ目は、ベースの野口氏の活動休止宣言である。




野口氏は、ライブでいつもすごい楽しそうにベースを弾いてた。

野口氏は、7/12のライブに行った時、私が苫小牧に合宿免許を取りに来ている話をしたら「あぁ、沼ノ端にあるところだよね」って苫小牧ドライビングスクールの事を知ってた。

野口氏は、8/29活性の火の日、駅前で挨拶した時「こんにちは〜」と言ってくれた。

野口氏とだけ、私は握手できてない…FOLKSのメンバーで。

野口氏の声を、私はラジオで聴いた事がない…。



残念。

でも、他にやりたい事があるからだって言うから、
その、他にやりたい事を精一杯頑張ってほしい。

そしてまた、その楽しそうにベースを弾く姿を、いつの日かまた見せてほしい。




……ところで、今後FOLKSは誰がベース弾くのだろう…?




そしてふたつ目。FOLKSのラジオ番組『Northern Laboratory』が9月いっぱいをもって終了してしまうというのだ。なんてこった ( ;´Д`;)  8月からラヂコでやっと聴けるようになったというのに。




せっかくライブにガンガン行って、FOLKSを身近に感じていたのにっ ( ;´Д`;)




でも音楽は、FOLKSの音楽は、ここにあるから〜 ( ;´Д`;)













 F (((((;゚Д゚))))) O (((((;゚Д゚))))) L (((((;゚Д゚))))) K (((((;゚Д゚))))) S









2015年9月20日日曜日

鳩ヶ谷の夕暮れ

2015年9月20日



神奈川県から東京都を飛び越えて埼玉県にやって来た。
InbiZiburuという苫小牧のバンドが鳩ヶ谷に来ているからだ。


バンドのライブを観に、札幌に行った事はあっても、埼玉県に来た事はいまだかつて無い。埼玉県に行くバンドならば、たいてい東京都も回っているから東京で事足りるからだ。


でも、まずはお金の心配に関してはチケット代まぁまぁ安め?だったし、往復の交通費もチケット代の2倍にもならなかったしでクリア。次に時間の心配も、とりあえず夜10時半に会場を出たとしてもその日のうちに家に家に帰れる事がわかりクリア。埼玉って意外に近いのね。


人気グループのライブコンサートで「東京公演取れなかったから埼玉アリーナまで行ってくる! 埼玉チケット取れてマジラッキー!」っていう友人がいて、随分と熱心な!と思ったものだけど、さほど遠くはなかったのだな…。









埼玉高速鉄道というのが地下を通ってる。私が乗った電車は鳩ヶ谷駅止まりで、途中ウトウトしてたけど多分一度も地上に出てないと思う。鳩ヶ谷駅も地下の駅だった。


地上に上がって行くと、天井にぽっこりドームがくっついていて、螺旋階段に子供達がいた。面白い駅だ。










ドームのある駅舎、地上から見るとこんな感じ。










まだ開演前だったし、めちゃくちゃお腹が空いていたので、駅前の やまとや というお店でサンマの塩焼き定食を食べた。それが、激うま。サンマは新鮮さが感じられたし、茶碗蒸し美味し。それから味噌汁がすっごく美味しくて、出汁がきいてて、イワシ?がまる1匹入ってたゎ。美味しいワケだゎ。御飯も、漬物も、モヤシの和え物も、大根おろしも、カボスも全部美味しかった。


サンマ食べるの超久しぶり。今のマンションに引っ越してから、まずガスコンロが据付で魚焼きが付いてないから魚買わないし、焼き魚食べたの7月の苫小牧以来かも。仕事を辞めてからは、職場の食堂でサンマ定食を食べる事もなくなってしまっていた。










“やまとや” という名前だけに、うちの大和市に移転してほしい!




そして会場である鳩ヶ谷FINDへ。苫小牧ELLCUBEと同じく、地上にステージがあるタイプのライブハウスだった。東京は地下型多いけどね。着いた時やってたバンドのギターが、ストラトボディなんだけど、ピックアップがリアに1個しか付いてなくて、ノブも1個で、だからボリュームだけでトーンは付いていないんだろうな…って思ってスゴイ気になった。“うちは究極の味に調節してるんで、麺の硬さやスープの味の調整は承ってません” っていうラーメン屋みたいに “この楽器は最も美しい音が出るところで調整してありますから、余計なものは一切付いていません” ってギターなのかなぁ…カッコイイ!!




で、暗さに目が慣れてきたら、InbiZiburuのメンバーも客席(席は無いけど)からステージを観ているのがわかった。大きな会場になると一般の客席とは別に「関係者席」が設けられていたり、楽屋から画面で観てたりして、出演者と一般客が完全に分けられている事が多いけれど、小さめなライブハウスではみんな一緒に観ていてなんか良いよね…って小さめなライブハウスに行く度に思う。1ステージ終わって転換になったら、ベースの中野氏が私に気付いて「どーもっす! 遠いところありがとうございます!」と声をかけてくれた。











InbiZiburuのベースの中野氏と出会ったのは、今年の8月25日、私が活性の火のボランティアで苫小牧入りした日だった。苫小牧駅前で実行委員のメンバーに迎えられ、荷物を置いた後すぐさま駒澤大学にテントを借りに行く車に乗った。助手席に私が乗り、ELLCUBEから誰かを乗せて、約束の時間ギリギリだという事ですぐさま車は駒澤大学への道を急いだ。コンビニに寄る時間もない!という切迫した感じで、後ろに乗った人が誰なのかも知らされぬまましばらく走ったところでやっと、後ろに乗っている人がELLCUBEスタッフの中野さんという人だと教えられた。中野氏はその時に「仕事で東京には何度も行った事ありますけど、住みたいとは思わないっすね、だって空気がドブの臭いするんすよ」と言っていた。東京の空気がドブ⁈ そんな臭くないだろ‼︎ とその時私は衝撃を受けたが、話を聞いているうちに、渋谷とかのライブハウス周辺の飲食街やホテル街のあの細い路地の事を言っているのだろう事がわかってきた。確かに、都会のライブハウス周辺の路地は臭いかも。あそこは遊びに行くところで、日常的に暮らす場所ではないよね…笑。


で、彼は活性の火の準備にあたっての中心人物で、毎日一緒に作業をする中で、遂にInbiZiburuというバンドのメンバーである事を知ったのである。InbiZiburuの音源は、私がボランティアスタッフをするきっかけとなったボイガルのラジオ番組『ボロドンバーン』で活性の火の事が紹介された際に “苫小牧地元で精力的に活動している注目のバンド” として紹介されていたのである。そのバンドのメンバーとごくごく普通に一緒に作業していたなんて、その事を知った時には本当にびっくりしたものだよ…笑。


しかし活性の火の時には、残念な事に彼らのステージを観る事ができなかったのだ。

苫小牧から帰る日に、中野氏にその事を告げると「今月中旬に俺ら埼玉のライブハウス行くんで、良かったら観に来て下さいよ」と言う話になって「東京都を飛び越えて埼玉⁉︎ いや遠いでしょ…笑」って答えたんだけど、遂に本当に来てしまったよ。






彼らは今日、苫小牧を発って飛行機で来たらしい。そして明朝2本目くらいの飛行機で苫小牧にトンボ帰りするらしかった。勿論今夜はオールらしかった。さすがバンドマンはタフだなぁ! 関西空港のベンチ泊だった時の話も聞いた。男は良いなぁ! 男性のみのバンドは、そういうとこ楽で良いよな。「関空泊は一度経験したほうが良いですよ」と中野氏が笑った。「女性は危ないだろ…笑」って彼らの友達が言って、でも私も大学生の頃なら2晩くらい寝なくても全然いけたものだったよ…懐。






そして、肝心な彼らのステージだけど格好良かった。出演バンドの中で一番良かったな。彼らはジャンル的にはラウドロックとかハードコア寄りで、私は最近は歳のせいか(⁉︎)あまりそのての音楽を聴かないんだけど、彼らの演奏はとても良かったよ。彼ら北海道の様々なライブハウス廻ってライブしてるみたいだし、活性の火でもメインステージのトリを務めるくらい演奏技術力あるもんね。と言うか、ハードコアとかって技術力ないとただの雑音になってしまうから音楽的に聴けたもんじゃないと私は思う。そんな私もハードコアバンドに所属していた若かりし頃があったのだよ…笑。





でCD買って、サインの話で盛り上がって帰って来たんだけど、なんと帰りの電車の中で寝てもいなかったのに苫小牧での事、いろいろ思い出して懐かしんでいたら乗り過ごしてしまったのだ((((;゚Д゚))))

しばらくしてからやっとおかしいと気付いて、反射的に「あれっ!」と叫んで両隣に座ってた人を驚かせてしまった…苦。

しかしながらさすがは東京、迂回ルートでなんとか終電でめでたく最寄駅まで辿り着けた!

本当に良かった…(^ ^;)











たとえ数日間でも行動を共にした仲間のステージって、何やら大変感慨深いものがある。





FINDを出る時、中野氏とボーカルの中原氏が「来年も(活性の火の時には苫小牧に)また来て下さい。スタッフでも、そうじゃなくても良いんで是非!」と手を振ってくれた。中原氏は活性の火の当日のまとめ役が本当に適任だったと思う。Tシャツに無線機の姿が鮮明に思い出される。もっとも彼がInbiZiburuのボーカルだという事は8/29当日まで知らなかったのだけれど。





InbiZiburuの皆さま、これからもずっとお元気で。また会う日まで〜。










2015年9月12日土曜日

サイゼリヤ会議

2015年9月12日



サイゼリヤで編集会議をした。私が参加させてもらっているショートムービー制作集団の作戦会議。

集団” と言ったけれどトリオなんだ。メンバーは3人。



「車で向かってるんで駅に着いたら電話します」とLINEが来て、電話が来たので駅に行ったら、原画担当の竹内氏が “男はつらいよ” の寅さんみたいな風貌( ※ あくまで個人的な感想です)で、ひとりぽつんと立っていた。



「山口さんは?」と聞いたら「今、車で走ってる。じゃぁ行きましょう」と言うので、あぁまた別々に来たのか…でも駅で待たずして一体何処へ⁇ と私は状況が飲み込めないままついて行く。「苫小牧でのボランティアお疲れさまです」「あぁー、いやー、なかなかハードだったんですよ、それが!」とか話しながら駅の中を通って、反対側の出口に出たところでアニメーション担当の山口氏に電話。「あぁ、そうなの、了解です、じゃぁ前回と同じ出口にいます、はい」と話しているので、私はますますわからなくなった。


私「竹内さんは電車で来たんですか?」
竹「いぃや、車で」
私「あぁ、別々の車で来たんですか?」
竹「うぅん、山口君の車に乗せてもらって来たよ」
私「あ、山口さんは今コンビニとかに寄ってるとか?」
竹「いや、もうすぐ来ると思うよ。近く走ってるって言ってたから」
私「…⁇ じゃぁ竹内さんはどうしてここにいるんですか?」
竹「さっきここで降りたの」
私「…⁇⁇ じゃぁ待ち合わせこっちの出口のほうが良かったですよね…私てっきり車停めて待つのかと思ったんで、それなら反対側の出口のほうが停めやすいからって意味でそう言ったんですよー」
竹「うんうん、それはわかってたんだけど、反対側の出口へ行く道がわからなかったのさ」
私「そーゆー事かぁ! そこの踏切渡ればすぐだったんだけどなぁ…」


確かに、ストレンジャーだったらすぐ近くの踏切にもなかなか気付けないものだ。
説明不足ですみませんでしたm(_ _)m




で、駅から100mもないところにあるサイゼリヤまで車で移動…笑。
1分もしないうちに目的地着。これ、サイゼリヤ集合で良かったんじゃない…笑?
まぁ山口氏の珍しい赤い車がなまらカッコ良くて、その助手席に乗れたので満足です。あぁ私もこんあ車を運転してみたい!




サイゼリヤでピザとドリンクバーで結局3時間くらい話し合って、現状で原画に色々試行錯誤を重ねているので完成は来年1月…遅くとも2月前に公開したい…って話で、私は今回この作品の主題歌をほぼ完成させて持って行ったんだけど “この曲はあと4ヶ月、日の目を見ないのか…” って思うと、なんだかちょっと悲しくなった。でも、せっかくこの作品用に作ったんだから、主題歌だけ先行公開はないよなぁ…。まぁ次の曲を早く完成させて、そっちを先に公開しよう……うん。




そして、またほんのちょっとの距離を車に乗せてもらって、次の作品に登場させようとしているある者に対面してもらって「それじゃ次回の会議は来月中旬で!」と言って別れた。




主題歌について「これは楽しくなってきた!」と2人に喜んでもらえたようで良かったよ。