2016年10月18日火曜日

気持ちがついていかない

2016年10月18日

…頭ではわかっていても、気持ちがついていかない事ってないですか?



私は今、まさにそんな状況下にいます。先月仕事を辞め、実家に戻り、実家の部屋を片付けつつ、家事手伝いをして養ってもらっていますが、家族となかなか正しくコミュニケーションが出来ず、悶々と暮らす生活。そもそも両親と私は、全く考え方、価値観や感じ方が全く違うので、何事もなく毎日一緒に生活するのは大変に難しいのです。しかも、他人ならばそんなに踏み込んでこないものも、家族は平気で入ってくる。私のほうは基本、家族相手に踏み込みもしない代わりに、踏み込んでこられるのはすごくストレスになるんですが、母は「家族だから」踏み込むらしいんですよね。大切に思ってくれていて、心配してくれる気持ちはわからなくもありませんが、本当に苦手。これが毎日続くと、いずれ我慢の限界に達して、ちょっとしたものの言い方などから大喧嘩に発展する危険な状態になっています。



まぁそうなるのも当然と言えば当然、私は働きに出ないのでずーっと家にこもって自分の最も苦手とする「片付け」と「家事」しかやってないのですから、気分転換もなにもありません。とりあえず今月の目標は「4年間使っていなかった倉庫と化した自分の部屋を片付けて、生活に支障がないように整理整頓して未来に備える」なのですが、それが思うように捗らず、正直もういい加減この生活から抜け出したい気分なのです。そこをクリアできればやっと正式に「引越し」ができて、そこで今まで住んでいたアパートの家賃発生を阻止できるのです。そうなんです。お恥ずかしい事に、なんとなんと、実家にいない間に部屋にモノが溢れて、引越し先からの荷物を収納できるスペースが無くなっていたのです。



だから、仕事するよりもなによりもまず、引越しの荷物を全て収納するスペースを設けるだけの実家の整理整頓が早急に必要なんです。しかし母方の祖母→母→私と、片付けのセンスが全く無く、祖母の介護関係のケアマネさんが来る度に、玄関・廊下・リビング・祖母の部屋の荷物をトイレや風呂場や階段の踊場などに大移動させて、その度に「片付ける前までここにあったのにどこかへ消えてしまったモノ」が大量発生し、使いたい時に見つからずまた新たに買いに行く、そのせいで更に家のストックが膨張し、モノを移動させる度に腰を悪くしている母…。その娘である私が、さっさと整理整頓ができたら奇跡的なんだけど、そんな夢みたいな現実は勿論無くて...。



約1ヶ月間、掃除と整理整頓し、使わないのに置いてある家具や楽器をハードオフに持って行き、やっと昨日ベッドの位置を移動させて冬仕様にしました。しかし、その時に気を利かして手伝いに来てくれた母のお節介度に、私はもう辟易で...。せっかく手伝いに来てくれたんだから間髪入れずに追い返すのは悪いし…なんて思いながらだんだんと母のペースにはまっていき、心のモヤモヤが募るばかり。模様替えと布団替えこそしたものの、その時に母が勝手に触れて欲しくない部分にまで踏み込んできた事を思うと、新しい部屋に身を置いてもモヤモヤが増すばかり。そして新しい朝を迎えても母に言われた不本意な事ばかり繰り返し思い出してしまって本当にどんより。片付けを始める際に、母には「手伝って欲しい時や、意見を聞きたい時には言うから、それ以外にはわざわざ介入しないでね」と最初に断っておいたのに。



忘れているのか!と思って今日憤って聞いてみたら「あなたにそう言われたから私は何も介入してないでしょ」と言われた。母には自覚が無いらしい。そして私がひどく怒っている事にがっかりして寝込んでしまった。私もふて寝した。




いつもこのパターン。母とは相性が悪く、噛み合ってない事は知っている。

母と母方の祖母も実の親子なのに全く噛み合っていない。それで母は祖母の介護にひどく苦戦していて、私はそれを少しでも手伝うために実家に戻って来た。しかし、母とぎくしゃくすると上手く手伝いができない。手伝うために実家に戻って来たのだから、感情に流されて放任していてはダメだ、と自分に言い聞かせるのだけれど、頭ではそう思うのだけれど、このような状況下では気持ちがついていかない。

この家でしばらく生活してゆけるのだろうか。







2016年9月21日水曜日

過去との決別 (仕事を辞めて)

2016年9月21日



随分と月日が経っていた気がした。
前回の投稿からちょうど3ヶ月が経っている。
私は仕事を辞めた。



それは、とても衝撃的な事だった。とても私には想定外な事件で、到底納得がいくものではなかった。仕事を辞めてから既に10日以上経つのに、未だに心の整理はついていない。





最初は、沸き上がる怒りから、事の顛末をこのブログに綴ろうと思った。しかし、よくよく考えて私はそれを留まった。そんなもの読んで、誰が楽しくなるのだろう。それが答えだった。

仕事を辞めてから、私は期間を決めずに実家に帰り、今も滞在している。両親には仕事で何があったかを話したが、最初は聞いてくれたものの、一定期間経つと「もう嫌な事は忘れて、前を向きなさい」というモード。そりゃそうだ、誰も辛い話なんて聞きたくないものな。





いつでも前を向いている事は大事な事だ。テレビで紹介されていたパラリンピックの選手達は、皆障害を抱えていても前を向いていた。厳しい練習を重ねる姿には涙が出るし、車椅子バスケットボールの選手が言った「意志あるところに道はある」という名言には感動した。私もくよくよしてる場合じゃないぞ、と思うのである。



私は、気持ちを封印して新しい生活を始めたつもりだった。しかし、ちっとも進まなかった。何かにつけて、最後の日の怒りを思い出してしまう。夢には一緒に過ごした子供達が現れる。そして私は全然吹っ切れていない事を自覚する。







そう言えば、私は長い間日記を書いていた。日記を書き始めたのは小学4年生の時。当時は毎日、日記を書く事が宿題だった。どんなに少なくても、絵を描いても良かった。翌日担任の先生に提出して、必ず一言コメントをくれるのが嬉しかった。その後、小学校を卒業して、日記の宿題が出なくなってからもしばらく日記を書いていた。他人に見せるのもではなくなったので、人に言えない心の叫びをぶつける場でもあった。そう、私には兄弟がいないし、親は何でも話せる程親しくはなかった。そんな私には日記があって、日記に向き合う事で心の中を整理していたんだと思う。







日記を書かなくなってどれくらいが経つのだろう? 仕事をし出してからもちょくちょく書いていた日記を書かなくなったのは、そもそもいつ頃からだろうか。



前の(今回辞めた仕事の前の)仕事を辞めてから、そう言えば日記を書かなくなっていた。それまでは、1週間に一度くらいは何か書きたいようなワクワクした事が周りで起こっていた。日記に嫌な事は書かない。後で読み返した時に再び嫌な気分が蘇るからだ。前の仕事は7年間続けた。色々あったけど、結構楽しい事も多かったし、友達はたくさんいたし、今思えば割と自分に向いている仕事だったのかもしれない。







新しい仕事(先日辞めた仕事)に就いてからは、恋もしていない…。そう言えば、周囲にワクワクする事がどんどん減ってきていた。







何かワクワクする事をしよう。
ワクワクするのは、今後どうなっていくかワクワクするという事。
未来を感じて、ワクワクする事。
未来を感じて、ワクワクできれば、辛い練習にも耐えられるとパラリンピックの選手が教えてくれた。ワクワクしている人の周りには、ワクワクしたい人がどんどん集まって、相乗効果でどんどんどんどんワクワクする出来事が舞い降りてくる。そんなワクワクする仕事を私はしたいと思う。





しんみりしてしまう場所やイライラしてしまう場所は迷う事なく去れば良い。引き留める人がいようとも、同情して留まる義務はなかったのだ。私は6月に感じた管理者に対する違和感を信じて、どんなに止められようとその時点で仕事を辞めても良かったのだ。





3ヶ月遅くなったが仕事は辞めた。
このブログは、未来に向けてのワクワクを詰め込んだ、楽しいものにしよう。
ちょっとしんみりする話も、理不尽でイライラする事柄も、一時の笑い話になるように書き綴っていこう。そして、新たな出逢いや再会を密かに期待している(≧∇≦)










2016年6月21日火曜日

最近仕事が楽しくない

2016年6月21日



最近仕事が楽しくない。先月の事件(前回のブログ「何かが違う」に記載)の後、一度管理者側と話し合いをした。その場で私は「野放し」という言葉は不適切であった事、子供の前で職員のダメ出しをした事は超不適切だった事を全面的に謝罪された。その上で、管理者側も手探りである事、意見を出し合って職場を良くしていこう、という結論に収まって、私は機嫌を直し、これまで通り仕事を続ける事にした。



しかし、これまで約5ヶ月間担当していて一番意思の疎通が図れていた男児(仮にAとする)の担当を外されてしまった。そして勿論前回のブログに書いたKもSも担当を外された。そして全く初めてのF、それから以前一度だけ付いてあまりコミュニケーションがとれなかったNの担当になった。



管理者も一から丁寧に説明してくれるようになった。しかし新しい子供の好きな事・苦手な事もわからず、どんな行動をするのか予知できず、気が抜けない日々が続き、精神的に参ってきた。以前のように、週に1日でも気が知れた子供と付き合えた事は自分の中で仕事に対する意欲を保つ材料としてはとても大きかった。Aとの会話の中で、私の事を心配してくれたり「ありがとう」と言ってくれた事がかなり私を助けていてくれたのだと今になって実感した。



Aの担当を外された日、私は管理者の指導の元、屋外でのFの訓練を始めていた。Aと顔を合わせたのは夕方の遅い時間で、閉所時刻の30分程前だった。Aは遠目に新しい担当者と楽しく遊んでいるようにも見えた。私はAに付いた当初、試行錯誤だったので、他の職員なら最初から上手く遊ばせる事ができるのか…と思い、正直少しがっかりした。担当外の子供と遊んだり長く会話する事は禁じられているため、楽しく遊んでいるようだったのであえて私から声を掛ける事はしなかった。帰る時、Aとチラッと目が合った時に声を掛けたのだが、どういう訳か彼はさっと目を逸らして何も言わずに帰って行った。担当外になると会話も成立しないのか…と思って私はかなりがっかりした。彼は大変真面目に物事を捉える傾向があるので「担当以外の人と遊んではいけない」という当事業所のルールが強く入っているのではないかとも思う。彼との関係も今はゼロなのか。



FやNが気に入らない訳ではない。しかし以前Fを3ヶ月間程担当し、Aに付いた職員には「Aはあなたが担当した期間が長過ぎて、あなたのファンだから私がやるとすっごく難しい。何かにつけてあなたの事を持ち出してくるしなぁ、やりづらいゎ〜。私はFのほうがずっとやってて楽しいよ」と言われたので、Aもそうそう楽しく遊んでばかりもいないようだった。しかもAを扱いにくいと言われた事も、最近落ち込んでばかりの私を立ててくれただけかもしれないが、なんだかモヤモヤしてしまった。



管理者は「今あなたをFにつける事は正直Fのためではないんです。あなたに仕事を覚えてもらうためにFを付けるんです。Fの支援ができるようになれば、今まで上手くいかなかったKやSと次に関わった時に、これまでとは違う手応えが得られるはずです」と言って私にFを付けた。その理論は十分理解できる。それは真実だろう。Fはとても良い子だ。Fと関わって仕事のスキルを上げられるならば有り難いが、Fは頑張って新しい担当者のやり方にやっと慣れた頃に、また別の新しい担当者に取り替えられる。うちの職場はそれくらい職員の入れ替わりが激しい。私の後に5人程入って3人が既に辞めている。Fは完全に職員の練習材料になっている。なんだか居たたまれない。Fだって調子の悪い時あるのに。「調子が悪い」って言葉に出せないだけなのに。そのうちAも練習材料になってしまいそうだ。重い障害を持っているのに、みんな職員の練習材料となってしまっている…。



当事業所では障害の重い子供ばかり預かっていて、なかなか仕事はキツイ。よって職員の入れ替わりが激しいので、短期間に職員を補填するために無資格・未経験OKになってしまう。そして事ある毎に管理者から「申し訳ないけれど、言わせてもらえばあなた達は無資格じゃないですか」と言われてしまう。しかし自分もそうだが、無資格・未経験では埋められない部分も大きい。



それならうんと勉強して資格を取ってしまえば良いか…‼︎ と一時期は意気込んだが、よく考えてみると、資格を取っただけで、自分はもう有資格者なんだから私の考える支援に対して一切口を挟まないでいただきたい…‼︎ と自信に満ちた態度で仕事をするのもなんだか違う気がする。そもそも仕事を自分のやり方で貫きたい、他から文句を言わせないようにしたい…という理由で資格を取る事自体間違っているだろうし、それでは職場のチームワークは発揮できないどころか、話し合う事を最初から拒絶している態度である。




違う。傲慢に仕事をするための資格じゃないんだ。資格と言ったって机上のもの。やはり経験には敵わない。だから結局は自分の知識や自信には繋がるけれど、それで全てが思い通りにいく訳ではないし、過信は禁物。…と述べるよりも先に資格取得には、かなりの時間を勉強に割かないといけないし、そこから受験して一発で受かれば良いが…とにかく一朝一夕にできるものではない。そもそも気力だけで取れるものではない。そこまでしてこの仕事を続けていきたいと思っているの…? とこっそり自分に聞いてみるけれど、すぐに「別に。そうでもない」という答えが返ってくる。




事業所の悪口を言いたい訳ではないんだ。管理者は本当は良い人だし、話を聞いてみると決して今のままで良いと思っていない、試行錯誤なんだ。だけど私には職場全体が上手く機能していないように見える。でも私にも何がベストなのかベターなのかがわからない。職員の都合もあり、毎日ギリギリの選択で管理者が担当を割り振っている事もわかる。みんなもっと職場を良くしたい…気持ち良く仕事をしたい…と思っている。なのに上手くいってない。日に日に仕事が楽しくないどころか、なんだか人生不条理で悲しくなってきた(>_<)






転職…しようかな。










2016年5月25日水曜日

何かが違う

2016年5月25日



障害をお持ちの子供達と関わる仕事を始めて半年が経つ。曜日毎に担当の子供が決まりつつあり、関わる回数が増える毎に子供との距離が縮まっているという実感はあった。それぞれが抱える障害と向き合う事は毎回難しいが、子供の笑顔を見ると、私でも少しはこの子の成長に役に立てたかな…?と思えるから、色々楽ではない事も多かったけれどこれまでやって来られた。勿論、上司や一緒に働いている仲間の協力あっての事だ。だが…。





だが、ここのところ、今まで感じていた事が揺らぎ始めている。これまで私は、わからない事は上司や先輩に相談してやっていた。その度に丁寧に教えてもらえた事は本当にラッキーだった。状況が変わったのは3月下旬の事。我が職場でも新規児童と新規職員を募集し、管理者側が見学やら面接やらで相当忙しくなってからだった。ミーティングの時間もあまり取れなくなり、個別に相談しに行っても、なかなかこちらの思い描くような具体的な答えを得られず、結局は「これは人対人の関係性なのだから、これが絶対正しくてこのやり方ではなくてはいけない…という決まりはないのです。あなたのやり方を見つけなさい」という感じになっていた。確かに、その通りであるとも思う。それに、私の事後報告だけでは的確なアドバイスを出し辛いのは確かな事だろう。3月・4月中は質問しても「とりあえずやってみたら?」的な回答も多く、誰もが自分の事で手一杯な感じで、私も模索状態でなんとか仕事を続けていた。





それから本当に色々な事があった。担当の子と他の子との関係、新たに入所してまだ慣れない子の突然の行動に驚いたり、公園など地域社会で子供達と関わる人とのやりとりの中で、普段はできていた事ができなくなったり、環境の変化は彼らにとっては高いハードル。あまり我慢させ過ぎるのも良くないし、かと言って良くない行動を叱らないのもマズイ。しかしただ叱るのではなく、彼らにどんな行動がいけないのかを理解してもらわないと良くない行動は消えないし、注意するくらいではふざけてわざといけない行動を繰り返したりする。コミュニケーションができていないと、いけない行動をして注目させようとするらしく、これが本当に厄介な事だった。





私はもともと叱るという行為が苦手で、なるべくなら褒めて育てたい。子供にあれやれこれやれ押しつけるのも嫌いだし、手を繋ぐのも子供のほうから要求が出るまで待つ、そう考えていた。でもこの方法で半月間やってきて、最近はどの子も外に出掛ける時、ごくごく自然に手を繋いでくるようになった。子供達が私と安心して過ごせている証拠のようで、私は嬉しかった。





しかし。先々週ミスをやってしまった。言葉が不自由なお子さんなんだけど、公園に行きたいという合図が出たので、一緒に公園で遊んでいた。仮にKとしよう。遊んでいる途中、Kに唐突に何回か「トイレ」言われたが「トイレ? じゃぁ一度戻ってトイレ行こうか」と言うとKは首を横に振って「まだ」とか「出ない」とか「行かない」と言い張る。おかしいな…とは思ったのだけれど、まぁ行かないと言っているし良いのかな? と思って油断していたら、公園で盛大にお漏らしされてしまった。これは私の大きな失敗だった。Kは公園に行く前にお茶と水をたくさん飲んでいたし、しかもKが「トイレ」と言ったのを私は聞いていたのに。私は彼女が出したトイレサインに気付いていながらも、トイレに連れて行けなかった事を悔しく思った。


しかし管理者側は、彼女が出したであろうトイレサインに私が気付けなかったと判断したようだった。そうではないと伝えたのだが、結果的に彼女はお漏らししてしまった訳で、これ以上熱く弁解するのも良くないと思ったし、まずは素直に謝ったのだった。





そして、もうこのようなミスはしないと誓いながら今日も仕事をしていたのだが…。今日の担当の子が別の子とのやり取りの中で大声を出したのをきっかけに、管理者から私へのダメ出しが始まった。彼女は暴走を始めていて、それは私の対応が悪いからだと言われた。彼女を仮にSとしよう。Sは興奮したり、イライラしたり、彼女が何か言った時に相手の反応が無かった時に大声を出して周囲からの注目を浴びようとする。それを止めようとするともっと大きな声を出したり、攻撃的な行動に出たりする。管理者が怒ればすぐ言う事を聞くが、ただの一職員が同じ事をしてもあまり効果が無く、私だけではなく別の職員も苦戦しているのを見ている。ただ、Sにつく回数が増える毎に、大声を出す頻度は確実に減ってきていた。これは担当した私が実感していた事だ。しかし。



しかし管理者から見ると、このような「見逃し」がこの前のような大きなミスに繋がると思ったのだろうか?「 私とSの間には今、何の約束事もルールもなく、こんな野放しの状態では何が起こっても不思議はない、今まで見えないところで何をやっていたのか、今までSに教えてきた良い事・悪い事の訓練を、また一から全てやり直さなければいけないではないか」と批判された。確かに私は、小さな事は敢えて全て見逃したのだ。Sの障害特性として身体のコントロールが弱く、手先も器用でないから、おもちゃや食器などを少々乱暴に扱うのは仕方がない事だと思っていたから。しかも「わざとじゃない」と彼女自身が言っていたから。





私がSもいる前で管理者の注意を受け出した瞬間から、私と彼女との間に出来つつあった絆がプッツリと切れたようだった。これまでに見た事がないようなSの挑戦的な行動が次から次へと始まった。管理者曰く「野放し?」の状態の時にだって私の言う事はだいたい聞けていたと思うし、良い事と悪い事の区別はちゃんとついている。なのに、突然、Sの中の何かが外れたように大声は出すわ、走り回るは、手を引っ張るわ…管理者の行動はまるで逆効果のように見えた。そこから完全に彼女の統制が取れなくなってしまった。それは初めての事だったので、私はその場をどう収めたら良いかわからず窮地に立たされた。


「この状態ではとても外には出せない」と言われ、おやつを買いに行く際、管理者が同行する事になった。Sは普段と違う展開にワクワクして興奮していた。前回はSのほうから繋いでくれた手も、今日は繋ごうとしない。管理者には、無理にでも手を繋ぐように指示された。


お店に着くと、Sはおやつを「どれにしようか、コレは? こっちは?」と次から次へ手に取っていく。普段なら “買わない物は触らない” ルールが自然に出来ているのだが、今日はひどく興奮していたからか、私や管理者がその行動をどう止めるかを確認したくてわざとやっているのか、明らかに買うつもりのなさそうな物まで次々手に取ってしまう。私が言うより前に管理者が注意すると「そうだった」とすましている。そんな状態を見て、管理者は私ではなくSに「いつもそんな事してるんですか?」と険しい表情で聞いた。すると彼女は「うーん…忘れた」と言う。いやいやいやいや、いつもここまで挑戦的な行動とってないだろ? おいおい…「忘れた」はないだろ…こっちが非難されるだろ…と思ったが、それを受けて管理者は私に呆れ顔で「今までどれだけ自由にやらせていたんだか思いやられる」とうんざりした様子で私に言った。確かに私に足りない事は山程あって、上司の彼の足元にも及ばない事はわかっているし、Sのいる前で上司と口論するのも悪影響だろうと思うのでグッとこらえて反論はしなかったが、おそらくSは私が怒られるところを見たくて「忘れた」と言ったのだと思う。だからSの今日の悪態の大半は、管理者が引き出したと思うんだ。





私はこの出来事に到底納得できないでいる。最初に「自分のやり方を見つけなさい」と言われ、相当時間が経った今頃に子供の行動のごく一部分だけ見て「ルール作りができてない」とか「野放し」だとか言われ、だったら私が対応に困って質問したりしていた時に、私と子供のコミュニケーションをもう少し注意深く観察してアドバイスくれれば良かったのにと思うし、今更掻き回してもっと酷くされてももっともっと収集つかなくなるし本当に困る。






ーーー私、管理者とこんなに相性悪かったか?






こんなに仕事やり辛くなるなら、同じような施設の求人は何件も見てきた、なにも酷い評価のまま今の職場で働く事もないじゃないか。仲良くなった子供と会えなくなるのはとても寂しくて後ろ髪引かれる思いだが、頑張っている事に対しての配慮・評価が全くなく、結果だけで(しかも一部分だけ見て)批判されたのでは堪らない。以前の職員大量離脱の話も、同僚の愚痴にも全て合点がいく。管理者も人間であるから完璧じゃないってわかるけど、自分のやり方には非がない感が半端ない。めちゃくちゃ腹が立つ。









2016年3月27日日曜日

好きだった人

2016年3月27日


今でも忘れられない、好きだった人が3人いる。10代で出逢った3人の人。今でもよく思い出す。何故、私のほうから距離を置いてしまったのだろう、と今になって思う。私は馬鹿だった。そして今でも好きだ、と思う。その中でも一番会いたい人…。会えるものならもう一度会いたい人…。その人は…








私が初めてとてもとても好きになったのは、高校3年の時に通っていた塾の先生だった。初めての授業の日に先生を見かけて、すごく雰囲気が好きだと思った。



先生は現代文と小論文を担当していた。話し下手な自分に比べて、先生の話はとてもスマートだった。先生が最初にクラスみんなに向かって自己紹介をする姿がとても格好良く映った。先生は小柄でAIRの車谷浩司氏に顔が何処となく似ていた。先生はよく自分の事を “40近いオヤジ” と言っていたので、当時30代後半だったのだろうと思うが、見た目はもう少し若くも見えた。



他の授業は半分くらい休んだりしていたが、先生の授業だけは毎週楽しみにしていた。一度だけ塾に行く直前に母親と大喧嘩して大泣きして、目が腫れて休んだ事があったが、その一回を除いて授業には全部出席した。勿論授業も楽しかったが、先生に会いたくて出かけていた。いつも一番前の席で先生を横目に授業を受けていたので、クラスメイトにはバレバレだったと思う。いつだったか「先生はカッコイイ」と仲良くなったクラスメイトに話をすると「へぇー、いつもそう思いながら一番前で姿を眺めてるんだー、やだねー」とからかわれた。が図星であった。先生は人気があったが、私ほどの生徒はうちのクラスにはいなかったこともあり、幸いな事に私は一年間、心穏やかに先生の授業を受ける事ができた。



推薦入学を狙っていた私は、小論文さえクリアすれば第一志望の大学に入学できそうだったため、授業の前後に質問やら相談やらをしによく先生に話しに行っていた。要は先生と話をしたかっただけなのだが、理由もなく世間話なんてできるタイプではない私にとって、その口実がとても有り難かった。今考えると笑えるが、毎週訳のわからない差し入れを持って行っていたし、先生が私の気持ちに気付いていなかった訳もない。そんな厄介な生徒に追いかけられていたにもかかわらず、先生は穏やかで立場をわきまえていて、私の話はいつも真剣に聞いてくれたし、クラスのみんなとも平等に接してくれていた。そういうところがまた、とてつもなく好きだった。








私は一度、先生に手紙を書いた事がある。先生は他の教室でも教えていて、うちの教室に来るのは週に一度だったので、質問があればメールで送るようにと、最初からメールアドレスをみんなに教えてくれていた。しかし、私はメールではなく手紙を書いたのだった。何故突然手紙を書こうと思ったのか、その経緯まではよく憶えていないのだが、内容については、先生と生徒の恋など許されるはずがない…ならせめて「先生の弟子にしてください」と告白しよう‼︎ あぁなんて名案を私は閃いたのだろう…‼︎ と興奮して書いた事を憶えている。これなら先生を困らせる事もないし、先生を尊敬しているという思いはちゃんと伝えられるだろう…‼︎ ただただ純粋な気持ちからの行動だった。



手紙を渡す日、私は自習室で先生の帰りを待った。駅まで一緒に帰ろう、という旨を事前に伝えておいたのに、先生は荷物をまとめて自習室に来るなり「じゃぁお疲れさま。気を付けて帰れよ」と言うなり先に行ってしまった。不意打ちを食らった私は「待って下さい‼︎」と慌てて荷物をまとめて先生の後を追いかけた。他の先生や事務局の人が呆気に取られて私の様子を見ていた。エレベーターのところで先生に追いついた。「駅まで一緒に帰ろうって言ったのに…」と私は文句を言った。先生はいつになく無愛想で無言だった。



エレベーターに乗るなり私は手紙を渡した。先生は驚いた様子でその場で手紙を読んで、言った。「考えてごらん、制服を着た女子高校生と40近いオヤジが外で一緒に居たらどうだ、世間からは怪しまれるだろう。そんな噂が流れたら、それが真実かどうかは関係なく俺は仕事を失う。だからもう一緒に塾を出るのはダメだ」当時もっとも純粋だった私は、それを聞いてすごく落ち込んだ。私はそんなつもりではないのに。でも先生が私の行動のせいで仕事失うのは困る。誘いを拒否られたので、手紙は突き返されるかと思っていた。しかし先生は神妙な面持ちで「この手紙は預かっておきましょう」とだけ言って、それを鞄にしまった。そして「夜遅いから気を付けて」と言って雑踏の中に消えてしまった。





翌週、何となく暗い気分で塾に行くと、先生に呼び止められた。そして「手紙の事だけど、立派な人になるなら俺のような人間にはなるな。俺は前にも親父の反面教師として生きてきたと言っただろ? 俺のような人間を目指すのはやめろ」と言ってニヤリと笑った。それからまた、先生はいつも通りだった。私だけが以前よりも少し遠くから先生を眺めるようになった。








確か先生は写真が趣味だった、ような気がする。昔、彼女の写真をよく撮っていた…なんて話を友達と一緒に聞いた事をはっきり憶えているから。友達はキャーキャー楽しそうだったが、私はその話を聞いて複雑な気分になってしまった。昔の彼女がどんな人だったのかとても気になるものの、知りたくもない気持ちが心の中に充満して、とてもキャーキャー言える状態ではなかった。



最後の授業の日、私はカメラを持って行った。最後の授業が終わった時、私はカメラを取り出して「みんなで写真を撮ろう」と提案した。レギュラーメンバーは私も入れて3人だけだったが、最後の授業には倍以上の人数が来ていた。おかしな事に、レギュラーメンバー以外のコもカメラなんて持ってきていて「私も私も〜」なんて言って撮影会が始まった。驚いた事に、先生も大きなカメラを持ってきていた。しかし、各自各々自分のカメラで撮り出したのを見て「俺のはいいや」とカメラをしまってしまった。その光景に、少し寂しく思った事を今でも鮮明に憶えている。







大学に入学してからも数回メールで先生と連絡をとった。私が会いたいと言うと、先生は一週間の授業のスケジュールを教えてくれた。それなのに私は会いに行くのをためらってしまった。先生が塾校舎外で会う事を望んではいないとすると、校舎の中でお話しなければならない…。そう思い込んで気が重かった。今思えば、先生が心配したのは女子高校生と外で会う事であって、大学生になっていればもう制服も着ていないし関係なかったのだろう。なのに、当時の私はそうとは気付かず、会いに行く決心がつかないまま一年の月日が流れた。







その後、大学で彼氏ができた。初めてちゃんと付き合った人だった。最初は楽しくて、先生の事も頭の隅に追いやられる程だった。しかし4ヶ月程経つと、色々な悩みや不安が浮上して私を困らせた。その時に再び先生が恋しくなった。久しぶりにメールを送ってみた。かなりの長文になり、半分が彼との間の悩みで綴られた。



それまでは必ず返事が来ていたのに、その時はいくら待っても返事は来なかった。そうこうしているうちに結局、大学で付き合っていた彼とは別れた。その報告も兼ねて連絡を取ろうと、今度こそ先生に会いに行こうと、もう一度メールを送ろうとすると、先生のメールアドレスは現在使用されていない事になっていた。私は焦った。そして後悔した。彼との相談なんてしなければ良かった。しかしいくら嘆いても、先生のメールアドレスは使用不可能になったままだった。








それから何年もの月日が流れ、私は何人かの男性と付き合っては別れた。そしてようやく気付いたのだった。








先生の事が一番好きだった。







2016年2月21日日曜日

踏ん張れ、私。頑張れ、自分。

2016年2月21日



明日は猫の日か。そう言えば電車の広告に「猫の日には、ちょっとした工夫で猫が喜ぶプレゼントをあげよう」っていうのがあったな。なんだろうね、あれ。別にキャットフードの宣伝でもなかったし不思議だゎ。





実家の猫達にももう1ヶ月以上会ってないな。もうすぐ16歳の誕生日なんだ。だけど今週も予定が詰まってて忙しいな。相変わらずゲームもやってるし。やっぱゲームだから、なんだか面白くない部分も多くて、かと言って楽曲制作もはかどっていないので、結局ゲームに逃げてるんだけど。こんな自分嫌だなぁ。そろそろこのぐだぐだから抜け出さなくちゃな。









っていうところで、先週末はお芝居とライブを観に行きました。お芝居は『HAUNTED HOUSE』という水曜どうでしょうの鈴井貴之氏が脚本と出演もしている劇で、鈴井氏の物語は『ラストファンタジー』を本で読んで、なんだかとても良かったから是非お芝居も観たいなって思って。気付いた時にチケット取ろうとしたら残席1枚で、誰か誘う間も無く、仕事の日だったけど即申し込んだよね。で職場にお願いして30分早くあがらせてもらったんだけど、まさかの電車乗り遅れて会場まで走ったんだけど5分遅れてしまった。席は端から2番目だったから隣のお客さんのみに迷惑掛けてすまなかったけど、何より出だしを観れなかった事が残念でなりません。






何が良かったのか?って聞かれても上手く説明出来ないんだけど、2階席の一番後ろの中央だったんだけど、生の声がすごく良く響いていた。遠いんだけど、遠さを感じさせないくらい引き込まれたし、とにかく演技に圧倒された。最後、幽霊達が日常生活に満足して成仏して、現実に不満を持っていたミュージシャン志望の主人公もとうとう髪を切って正社員になる、という結末に幕を閉じたが、そこがまた鈴井氏の独特な結末だなぁと感じた。まぁハッピーエンドなのだろうけど、微妙にハッピーエンドに思えなかったのは、私が未だミュージシャンを目指しているからだろうか? なんだか仲間が去って行ったのと、ミュージシャンを諦めた主人公がちょっと寂しかった。まぁこれが現実か。ストーリー的には「…あぁ…」って感じだったんだけど、とにかく生のお芝居を観たのが何年振りだったので、ひどく感激したのであった。









その翌日は、ROTH BART BARONのワンマンライブだった。実はお芝居を観に行った前日から体調が良くなくて、最後の最後まで行こうかどうしようか悩んだのだが、昨年6月に観たライブが忘れられなくて、しかも今回はワンマン。必ず満足のいくライブだろうという事が直感できた。食事も摂らずに会場へ向かう。あいにくの雨、そして時間ギリギリだったが、開演時間間近に会場に着いた時にはまだ係員が入場整理をしていた。すごい混んでいた。さすがだなぁ。ロッカーに荷物を詰め込んで、急いで会場に入る。案外、柵の周りが埋まっていて、中央辺りはまだ隙間があったのでそこに入れてもらった。20分押しくらいでライブは始まった。






最初からすごかった。彼らの曲はあんまり明るい曲がない。戦争をテーマにしたような曲が多いんだけど、直接「反戦」を訴えている訳でもない。そこに一番すごさを感じる。戦争を歌っているんだけど、私達の日常にも当てはまるようなそんな歌で、すっごくパワーがあるんだ。そして間接的に彼らは「平和」を投げ掛けてくる。マザーテレサは「反戦」の集会には出席せず「平和」を祈る集会に参加した、と言うが、彼らもまさにそれだろう。サポートメンバーを含めた「彼ら」なのか、メンバー2人がそうなのか、歌っているボーカルの三船氏だけなのかはわからないけれど、とにかくあの場所で平和を願わずにはいられない。戦争のない世代で、日本人で、一体どうやってあんな歌が歌えるのだろう? 彼ら一体何者なんだろう?






昨年は小さな会場で、観客と一緒に歌う箇所があって、そういうの大歓迎な私は久しぶりに大きな声で歌を歌ったんだけど、今回は会場も大きいしそれはないかな…?と思っていたら後半でちゃんとまたやってくれた。最近カラオケにも行ってないし、楽曲制作のボーカル録りで “自分歌下手だ…” とつくづく思ってからは全然歌を歌う事もなくなっていたのだが、サポートメンバーのトランペットやトロンボーンに負けないくらい大きな声が…出たのです。また、サポートメンバーが “もっともっと” って客を煽るのよ。で、もっともっと…ってやってるうちに、自分の声がすごい響いてるなって感じて。なんかゴスペルな感じ。ゴスペルってやった事ない人には想像がつかないと思うんだけど、本当に神というか、大きな力と一緒になるような一体感を感じるんだよね、成功すると。私は学生時代にゴスペルクアイヤーに参加した体験と、観客としてその場に居合わせた体験と両方あるんだけど、一緒に歌った仲間の多くが感動して泣いてて、私はその時は泣くほどの感動は得られなかったんだけど、観客として観てた時には涙がとめどもなく出てきて、友達と一緒に居た手前すごく恥ずかしくて困った。そんな体験を思い出すかのような一体感だった。泣かなかったけど。間違いなくステージ上の演奏者皆と一体化した気がしたし、自分もROTH BART BARONの音楽の一部であると感じた。なんだかこんな事言うと洗脳って言うか宗教チックで怖い印象を与えそうだけど、決してそういう危ない感じではなく、至って穏やかな音楽なんだけど。






で、最後はやっぱり「アルミニウム」って曲を生で。電気機器通さずに。そこはどんなに大きな会場になっても変わらないんだな。あらためて三船氏、歌唱力すごいな。私はサビの歌詞しか憶えていなかったのでAメロ・Bメロ歌えなくて残念だった。こんな事だったら憶えてきたのになぁ。同行者がいなかったせいもあって私はどっぷりROTH BART BARONの世界に浸っていた。歌と演奏だけでこんなに満足出来るライブは久しぶりだった。前日のお芝居と言い、本日のライブと言い、もうレベル高すぎ! ホンモノはこの世界にたくさんいるなぁとつくづく感じた。






私はこれからどうする? 彼らに自分の音楽を聴いてもらいたい。彼らのようなカリスマ性は無くても、自分で気に入った曲は何曲かある。それを形にして彼らに届けたい。例え彼らが “なんだこの曲” と思ったとしても、もしも彼らに聴いてもらえたなら私はそれだけで満足だ。






この1ヶ月、なんだか周りの反応に右往左往していたな。自分の納得のいく音楽が作れればそれだけで良かったのに。まぁそれが一番難しくて結局周りの意見聞いたりするのだけれど。







よし、現実に戻ろう。
踏ん張れ、私。頑張れ、自分。









2016年2月11日木曜日

ゲームに溺れる2週間

2016年2月11日



ゲームにハマった。私としては大変珍しい “乙女ゲーム” というヤツだ。











ここ最近、楽曲制作が難航している上に、ショートムービー制作チームとしても、それぞれがバラバラな活動をしていて(いや、もしかしたら映像チームは共同で何か作品を作っているのかもしれない)、とにかく私の出番はなく、これって本当に一緒にやってるって言えるのか?って疑問になったところ。そもそも、当初の計画では昨年9月に公開目標って話だったのに、それがちょっと難しくなったんで、作品の季節柄、2月のバレンタイン前に公開にしようと延期されたのに、昨年末からなんか別の作品を並行して作り始めたらしく、今月中は愚か、進めているのかなんなのか全くわからない状態にある。




私は映像は専門外だし、主題歌は既に完成していて、本編の音声は作品が出来上がらない事には取り掛かれないし、今は何もできない。せっかく主題歌という事だから、作品公開と同時に公開したいと思っているので、一応数少ない完成曲なのに発表する事ができない。





なんだかなんだかなんだかなぁ。











そこでゲーム登場だ。




「基本プレイ無料」という事だが、きっと進めていくとアイテムを買わなきゃいけないとかになるだろうな…とは思いながらも、ダウンロード自体は無料でできる感じが良くて、早速iPadにダウンロードした。




可愛い家具を揃えたり、アバターを着せ替えたりできて楽しい。部屋を掃除するとレベルが上がったり、畑で作物を育ててコインを貯めたり、そのコインで家具とか洋服とかを買えるのだ。毎日少しずつストーリーが読めて、なんだ無料で遊べるじゃん。これはハマる。




とか毎日少しずつやっているうちに「バレンタインイベント」というのが始まった。なんと本編ストーリーとは別の畑で、収穫ポイントを貯めれば一日の制限なくバレンタインストーリーを読めるというのだ。しかもエントリー時に便利アイテムが貰えるという。そこがちょっと怪しいとは思ったが、まぁ試しにやってみるか…という軽いノリで始めてみた。




すると‼︎  乙女ゲームなので、まず相手を選ぶのであるが、本編の推しの相手がいない‼︎  なんで〜? おかしいじゃ〜ん‼︎  と思っていたら、イベントは前半と後半に分かれていて、私の推しは後半に出現する事がわかった。じゃぁいいや、とりあえずどんなもんだか後半の下見程度にやってみよう。











イベントエントリーから24時間以内は、収穫ポイントが2倍になる。結構ガンガン貯まって、ストーリーを進めると突然「ミッション」発生‼︎  こんなところで毎日コツコツ貯めてきたコイン使わせるのかい‼︎  ゲーム制作会社に脱帽。まぁいいや、イベント終わったらまたコツコツ貯めて家具でも洋服でも買おう。




ポイント2倍期間が終わると途端にストーリーが進まなくなった。あぁ…これは最初の進みが速かっただけに厳しいね。それに仕事や用事でアプリ開けない時間がどうしてもあって、掃除も畑の収穫も一度やってしまうと次にできるようになるまでに一定の時間を要し、本当に進まない。仕事始まる前ギリギリまでゲームをやり、仕事終わってすぐにロッカーでゲームを起動する。それから寝ている時間も当然ながらゲームは進められずもどかしい。たまに夜中にトイレに起きた時にはアプリを起動して部屋の掃除・作物の収穫をするようになった。




すると遂に夢にまでゲームの恐怖が出現するようになった。突然レーシングゲームになり、クリアできないと画面がゾンビ達で覆われたり、間違ったボタンを押して推しの相手が抹消されたり。こうなってくるともうゲーム中毒、危ない精神状態だ。ヤバイヤバイ…ダメ人間寸前だ…もうゲームから離れよう…てな感じで、やれやれイベント前半が終了、無料プレイでなんとか3ルートクリア。そして同時にイベント後半が始まった。




だがしかしイベント後半には推しの相手が登場しているのだ‼︎  この際、特典も欲しいし5ルートクリアで更に特典が貰えるんだと。前回は畑が狭いから3ルートまでしかいかなかった。今回は最初から畑を拡張しよう‼︎  と懲りないのめり込み具合。今まで貯めた無料のダイヤ7つを使用。











しかしながら、そんなに甘くない。同時に本編ストーリーを進めていくと、こちらでも「ミッション」が発生する。イベントのミッションでは、ゲーム中にガンガン貯められるコインでも、課金して手に入れる(まぁたま〜にボーナスで貰える事もある)ダイヤどちらでも使えて、後のストーリー展開も同じだったのだが、なんと本編の「ミッション」をクリアする選択肢はそうではなかった。コインでクリアするのとダイヤでクリアするのでは、ストーリー展開が違ってくるというのだ。当然課金するダイヤでクリアしたほうが読み手にハーッピーな展開になってくる。これは酷い‼︎  無料ダイヤ全てを畑拡張のために使ってしまったため、もう手元にダイヤはない。





せっかくストーリーを進めていて、わざわざノーマルな結末に辿り着くのも今まで費やした時間を損した気分になる。という事で課金してしまいました。ゲーム会社に負けた。





きっとまた月1くらいでイベントが始まるのだろう。私も結構飽きっぽいから、いつまでやるかはわからないけれど、ゲーム会社としては無料でプレイする人数が増えたら赤字だからね…。きっとあの手この手で面白い企画を次々と催して、その中で課金させるようになってるんだと思うのよ。ゲーム会社との攻防は続く…。
















2016年2月7日日曜日

岡崎体育とTHEロック大臣ズの関係

2016年2月7日













2016年1月30日。奈良NEVER LANDで行われた岡崎体育のライブはとても楽しかった。昨年11月に観た時と “オチ” が違ったり、曲も打ち込みが少々変わっていたりで、あぁーよく考えてるなぁ…さすが‼︎  と思ったよ。それと、3words即興ソングの演奏もあって彼の生の歌も聴けたし、彼の後輩で映像監督のコヤマ氏がライブビデオ撮ってたりで新鮮だった。












で、岡崎体育遂にメジャーデビューだって。はぁ…遂にね。さすがだね。口パクでもメジャーデビューかぁ…。SONY MUSIC の SMEレーベルからだって。Galileo Galilei と一緒のレーベルじゃん‼︎ と思ったけど、ガリレオは活動休止っていうか、ガリレオ名義ではもうやらないみたいなんだよね。こないだのガリレオワンマンのアンケートに “今後対バンして欲しいアーティストは?” って項目に「岡崎体育」って書いたんだけど、それをレコード会社の人が読んで岡崎体育と契約を結んだとか?


なんて色々考えてみた。メジャーデビュー決まってもなお、彼はスーパーで週3でアルバイトしてるんだって。感心する。まぁ彼、ツイッターとか見てると凄いもんな。頭良いっていうか、時間の使い方上手いっていうか、効率良く生活してるっていうか、気分転換が上手っていうか。ポジティブだよね、彼。…に比べて私ときたら…って、凄い人と比較するのは止めよう。











そうそう、ライブ終わって会場の外に出たら「THEロック大臣ズってバンドやってます」ってビラを配られた。へ⁉︎ ロック大臣ズ⁉︎ と思ってその人を見たら、ギターの加藤氏(THEロック大臣ズのギターの人、という認識有り)だったので馴れ馴れしく「あぁ!こんばんは!」と言ってしまった。加藤氏は私をまじまじと見て、どこで会ったのか思い出そうとしている様子。いや、お話するの初めてなのに知り合いの如く挨拶しただけ…笑。あぁそう言えば、岡崎体育の音源にfeaturing加藤雅崇って表記された曲があって、そうか、友達だから関係者枠で観に来てるのか!なんて思った。自分は神奈川県から来てて、クリスマスに下北沢のライブ観に行ったって話をしたら「えーっ、じゃぁ今回、岡崎君のためだけにここまで来はったんですか? 新幹線ですか?」って驚かれたので「はい。でも一応観光もしましたけどね。ロック大臣ズもライブ一緒に観たかったんですけどね…」と言ったら、加藤氏「えっライブ一緒に…⁉︎」って凄くびっくりした顔したので、よく考えたら初対面の私がいきなり加藤氏に “(岡崎体育のライブ)一緒に観れたら良かったのに” って言ったように聞こえたんだろうな…笑、そりゃびっくりするゎ、言った私も大胆さ振りにびっくりだゎ…爆、と思って慌てて「滞在中にこの付近でロック大臣ズもライブあったら一緒に観たかったんですけど、次のライブは2/11の下北沢ですもんね」と言い直した。言いたかった事わかってくれたかな? とりあえず、初対面で “一緒にライブ観たかった” 発言をするようなアブナイ非常識な人ではない事が伝えられれば良かったんだけど。











私にとってはTHEロック大臣ズが先で、岡崎体育が後だったんだけど、そもそも岡崎体育に興味を持ったのは、加藤氏から岡崎体育のツイートが回って来たからなんだ。それまでに AIR-G という北海道のラジオ番組で岡崎体育の「家族構成」という曲は聴いた事あって曲は印象に残ったんだけど、2番の歌詞で「兄、兄、兄、俺。俺達、人間喰う」ってところが意味わかんなくて、何この歌。ふざけてるんかぃ‼︎」で興味失くしたからさ。曲は良いと思ったんだけどね。それから数ヶ月後に、加藤氏から『FRIENDS』のミュージックビデオが回って来たんだ。普段ならRTとか見ないんだけど、加藤氏から “怒りのリツイート” と題して回って来たものだから、何気なく見たんだよね。そうしたら、まぁ面白い事やる人がいるもんだなぁって思って。





その後、岡崎体育のHP見たら “影響を受けたアーティスト” に THEロック大臣ズって書かれていて。同じイベントに出たりして友達なんだなぁ…って知ったんだ。岡崎体育もロック大臣ズも、ライブの感じとか音楽の方向性とか全然違うけど、どっちもスゴイ良いと思うし好きだ。どちらも京都の人か。今年は京都のミュージシャンがクルのかな。











せっかく加藤氏に会ったので、一緒に写真を撮ってもらった。嬉しいな。
加藤氏、ご自身のブログがあって、話の内容が私は結構好きなんだ。
そして、加藤氏の弟さんがやってるバンドの曲調も結構好きなんだ。













岡崎体育/2016年1月30日3words即興ソング

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2016年2月6日土曜日

奈良の写真いっぱい

2016年2月6日




 





























1月末の3泊4日の奈良旅を終え、2月からアルバイトの日数を1日増やした。奈良へは岡崎体育のワンマンライブを観に行ったのである。観光もしたけど。





新幹線で行ったのだが、自由席でも高い‼︎  日にちにも因るが、北海道へのスカイマークの航空券のが安い。宿は、いつもの如くゲストハウスに泊まったのだが、近くに銭湯があるつもりで行ったら、近くと言っても電車で1駅離れた所にあって、往復で300円かぁ…ってのが予想外に痛い出費だった。晴れの日の昼間だったら片道20分程の散歩という感じでちょうど良い運動になるのだが、最初の2日間は晴れ女の私には似合わない雨が降っていたのである。





私が選んだゲストハウスには、これはびっくり‼︎  滞在期間中、私以外は全員外国のお客さんだった。私はてっきり、前回北海道のゲストハウスに泊まった時のように、夜中までワイワイお話するつもりで行ったら、言葉の壁で細かいニュアンスとかそういうのが伝えられないし「何処から来たのか」「何泊するのか」「どこを観光するのか」「仕事は何をやってるのか」とか結構どうでもいい事を話すのが精一杯。アルゼンチンから来ている男性グループは、宿のスタッフさんとスペイン語で喋っていた。宿のスタッフの方はスペイン出身で、数年前から日本で暮らしているらしく、日本語読み書き出来てしっかり働いていた。中国からの女性は、毎日ゲストハウスで自炊していた。偉い‼︎





韓国の学生さんに「VISAカードを使って買い物をしたいんだけど、お店で使えなかった。一体どこのお店で使えるんだろう」とどうやら聞いてきたのはわかったのだが、(あぁー、高価な商品ならVISAカード使える店も多いだろうけど、お寺の拝観料とか銭湯とか、個人商店とか軽食出すレストランくらいじゃカード使えないよね…っていうか使えるのかどうか考えた事もなかったよ…)と話したかったんだけど、英語力が無くて無理ー。「コンビニで使える?」と聞かれたんだけど、使えるか試した事なくて「アイドンノー」。「バンクに行ってキャッシュにチェンジすれば?」という感じを伝えたんだけど、その後彼らどうしたんだろ。翌日また喋る機会があったので、その後どうしたのか聞きたかったんだけど、またもや言葉の壁がはばかって上手く聞けなかった。いやー、言葉って大事。よく「言葉よりもハートだ」とか言うけど、とりあえず敵ではない事くらいしか伝えられないよね…悲しい。





しかも、それ聞かれたのがギリギリまで奈良観光していたのを切り上げて、岡崎体育のライブに行くための準備をバタバタとしている時で、気持ちは焦るしもう大変。帰ってからゆっくり話そうかね…とか思っていたんだけど、10時過ぎに宿戻ったらもう全員消灯してた。えっ…まだ10時だよ!?  1日目とはエライ違いようだ…寂しい。





観光は、民藝館・からくりおもちゃ館が面白かったし、奈良公園では散々鹿を触りまくって、春日大社で鹿と一緒に写真を撮ってもらったり、猫カフェで猫と握手してもらった。書道美術館にも行った。鹿のパーカーとスニーカーを買った。旅の第一目的、岡崎体育のライブについては、長くなってしまうので次のブログに書きますね。続く。




















2016年1月16日土曜日

今年こそライブする

2016年1月16日



遅ればせながら、年が明けました。そして、もう1月も半分が過ぎ去りました。今年の抱負なんぞを考えてはみたのですが、残念な事に抱負なんて今まで達成できた試しがないのですよ。1ヶ月も経てば抱負なんてものを考えた事すら忘れてしまうのでした。



そもそも抱負と目標ってどう違うんだ?と思ったらWEB上に「抱負と目標 違い」っていうのが掲載されていた。なるほど。個人的な解釈だが、抱負は目標よりも身近な感じというか、目標に向けての日常的な積み重ねを抱負って言うのね。



という事は、今年の抱負は
一、ギターを日々練習する。
一、記憶力に頼らず、大切な事はメモをとる。
一、辛い努力はしない、楽しく継続できる方法を探る。


そして、今年の目標は
一、人前でライブできるようにする。
一、成功しても、失敗しても、それが自分。
一、自分の力を過信せず、自己を過小評価しない。



なんだか「えっ…⁉︎ それが目標?」と思われそうだけれど、これが目標。初詣で絵馬を買ってきてあるので、それに書いておこう、忘れてしまうからね。






さて、先日、用があって町田に行ったのだが、以前町田に行った時に行けなかった気になるラーメン屋に寄ってみた。雑誌に紹介されていたのをたまたま見て記憶に残っていたお店に、地図を見たわけでないのに偶然辿り着いたのだが、その時は店の外まで行列ができていた。行列に並ぶ時間が無かったので、用事を済ませてから戻ってみると、なんと売り切れのため閉店。すごい人気だなぁ…と思ったものだ。その時は夜だったのだけれど今回は昼だから、さすがに売り切れはないだろう。平日昼間だったので行列は無し。






店内に入り、まず食券を買おうと思ったら、ちょうど小銭も千円札も無くて。後ろを振り向くと一人女性が並んでいたので「先どうぞ」と券売機の順番を譲って、お店の人に両替を頼んだのでした。そして食券を購入して、いざ席に着こうと思ったら満席。小銭が無かったために順番を譲ったら、満席になってしまったのはちょっぴりショックである。まぁでも特にその後の時間が決まっている訳でもないから、ちょっとガッカリだったけど、ま いっか…と思って席が空くのを待っていたら、お店の人が来て「すみません、お客様の方が順番先でしたよねぇ…」と本当に申し訳なさそうに喋りかけてきたので「あぁ良いですよ、今日は急いでませんし…」なんて言ったら「申し訳ございません、有り難うございます」なんて言うものだから、あら、気配りすごいですねぇ…と感心したのでありました。肝心の先を譲ってあげた女性のほうは、全く有り難いとも思っていない雰囲気でイヤホンで音楽聴いてる。周囲への関心が無いのかねぇ。ちょこっと腹立たしかった。






ラーメンは雑誌に取り上げられていた通り、豚骨ベースでありながらさっぱりとした味わいで美味しかった。豚骨ラーメンと言えば若者と働き盛りの男性に人気のイメージがあるが、大人の女性が意外に多くて、それもお店の人との会話から結構な頻度で来店している様子。年配のお客さんには「味が濃いようでしたらスープ割る事もできますので、遠慮なく仰って下さい」と声をかけていて、本当にそのかた「すみません、少しだけ味が濃いんですけれど、お願いできますか?」って頼んでいて、その時にスープをもう一度個別に温めて作っていて、しかも少し経ってからこっそり「お味如何ですか?」とお客さんに確認していて、これは随分なサービスだゎ、行列ができるのも納得がいくねぇ…と感心したのでありました。ちなみに胡心房というお店です。日本に居るかたは是非一度訪れると良いお店だと思います…笑。






それにしても接客上手過ぎ。あぁ…接客って小さなコミュニケーションの集合体なんだなって思った。若い女性が店主さんのようだったが、本当に店長に成るべくして成った感じだった。そういう人って本当にスゴイなぁ。勿論努力もしているんだろうけど、天性のモノも絶対にあるんだろうなぁ…スゴイなぁ…良いなぁ。






「そんな “天職” のような仕事に就ける人って一握りなんだから、本当に運なんだから、嫌な事でも我慢して努力して生きていくんだよ…」と教えられ、それを信じてきた私ですが、最近になって “成るべくして成った” 感じの人に続けざまに出逢うのです。この日は、もう一人スゴイなって感じた人に出逢ったのでした。正確に言うと「知った」というか「発見した」という感じ。






それは、ラーメン屋を出てヴィレッジヴァンガードに寄った時でした。2階のある一角で、お?と思うような音楽が流れていて足を止めました。力強い女性ヴォーカルで。決して神がかったような美声って訳ではないのですが、心に響く歌声で。勿論、曲調も演奏陣も超カッコイイんだけど、圧倒的な歌唱力で。Nakamura Emiさんというかたの「YAMABIKO」という曲だった。これまでに歌が上手い歌手は沢山知っているけど、その歌を書くべきして書いて、歌うべくして歌っているミュージシャンという印象を一番強く受けた。溢れる情熱とみなぎるパワー。あぁ…心を揺さぶる歌って情熱が溢れ出て、パワーがみなぎってるんだなぁ…って初めて思った。







私、今年こそライブやろう。
心に秘めた想いを、歌と演奏で表に出せたら良いな。
そして、誰かの心に届きますように。








YAMABIKO/Nakamura Emi

“ 頂上の高さなんて隣と比べるもんじゃない
  頂上まで己を信じて歩ける強さが全てだ ”

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