今日から10月か。9月の終わりは10月の始まり。10月から仕事を始めようと思っていたのだが、じっくり考えて止めた。話せば長くなるし、書けばもっと長くなるので割愛するが、とりあえず今月いっぱい生活するだけの貯金はまだあるので、この1ヶ月間にできるだけの事をやろうと決めた。
ポジティブな結論を出した後なのに、なんだか落ち込む。
昨日も、新しい方向が見えてきて「今度こそ自分に負けず頑張るぞ⤴︎」と意気込んでいたのに、一夜挟むと一気に落ち込む。なんでだろう。
なんでだろう…と午前中ずっと落ち込んでいたら、ようやくその理由がわかった。
これは『癖』だから仕方がないのだ。
そう、私は何か決断した後にしょっちゅう落ちこんでいる。それも自分にとって “良い” と思われる決断をした後に。自分の心の中の “落ち込む” という単語を一般的に訳すと “不安” という事だ。そうだ、私はただ不安になっているだけ。だから大丈夫。
家族と住んでいた頃は、私が決断した後に落ち込んでいると、やっぱりみんな意味わかんなくて「落ち込むって事は、その決断は本当に自分の心からの決断ではなかったんじゃないのか」とか「決めたからには落ち込んでいる暇はないだろう、やってみるまで何もわからんだろう」とか「落ち込むとかそういうネガティヴな言葉を使うと、本当にひどい状況を呼び込んでしまうから言葉に気を付けたほうが良い」とか「落ち込む落ち込む言われるとこっちまで暗い気持ちになるから、頼むからそんな顔しないでくれ」とか言われて、自分は二重人格で鬱の気があるのではないかと思って、いつもますます落ち込んでいた。
だけど、私の心が落ち込むのは、私の頭が落ち込む状況とは違って、そう、不安って事なんだ。だから家族に言われた事は当てはまらないし、とりあえず引きこもりにはなってないし大丈夫。
思えば、私は家族(主に両親)に言われる事にいつも囚われていたんだな。
数年前に母から直接聞いた話だけれど、私が小学生になった頃から、私が両親の幼少期とは違い過ぎて、どうして自分達と全く違う子供を授かったのか、まるでエイリアンのようだと思ったらしい。聞いて納得、私は私で、事ある度に自分の中の大切な部分をいつも理解してもらえなくて、そのくらいの歳から “両親に話したって無駄だ” と絶えず失望感があった。
父は私より早くに仕事に行き、私達が夕飯を食べる時間には帰って来られなかった。だから週末しか一緒に過ごせなかった。だから母が私の事を全部やってくれていた。宿題も手伝ってもらったし、勉強も見てくれた。そりゃ母の影響は “物スゴイ” ものだったろう。
母に言われた言葉の囚われは、多分3つ。その影響は、勉強面・絵画面・音楽面にわたる。
まず勉強面は、これ。
「あなたはお父さんとお母さんの子供なんだから、お父さんの良い所とお母さんの良い所とを併せ持っているんだから、絶対に勉強ができないはずがないのよ、だから努力しなさい」
まぁ子供に自信を与える言葉としては良い言葉かもしれないが、これは小学校低学年の頃、勉強ができない時にいっつも言われてた。当時、私は普通に「そうなのか〜」って素直に信じちゃって、それから問題の解き方のコツとか教えてもらってからは勉強が得意な部類に入って、学生時代は成績こそ良かったんだけど、それは机上の学問って話で、いざ実践っていう時にいっつも上手くいかなくて、英語とか本当にそう。数学もそう。よく考えたら好きじゃないんだよ、勉強の全てが。テストの期間が終わるとすぐに忘れてしまう、興味ないから。だから、実践ができない。
母は、作文が上手くて、英語も話せて、生物学に詳しく、いろんな知識がある。
父は、英語と数学が得意だ。理論立てた話し方も上手い。まぁ仕事で毎日使ってるんだから、できるの当たり前か。
それに対して、私はどれも苦手。と言うか、本当は興味がない。
次に絵画面で、これ。
「あなたの絵はのっぺりしていて、影の入れ方とか教えてもらえばもっと上手くなるのに残念ね」
母は、絵が得意な人だった。祖父母の家に飾られていた油絵は、母が描いたものだった。きっと絵を描くのが好きだったのだろう、小学生になった私にも絵を習わせた。で、なんとなく通っていた教室で描いた絵を持って帰ってきて母に見せたら、そう言われた。絵は多分好きだったが、その時、私は自分の絵は要するに下手なんだな、とがっかりした記憶がある。
大人になって、旅行先で母と器の絵付けをした時、母はうちの猫の絵を描いていたんだけど、それがオリジナリティあってとても可愛いかった。自分の絵と並んでいると愕然とするし、やっぱり母は絵が上手かった。自分は絵が上手いから、小さい頃の私の絵を残念に思ったのだろう。小さい頃の私は、とにかくのびのびしていなかった。だから、必然的に絵ものびのびした絵でなかった事は確か。でも、小学校低学年の子供に影の入れ方は高度すぎるだろ…笑。
最後に、音楽面の2つ。
① 「あなたの歌は声がキンキンしていて、ずっと歌われると頭が痛くなるの、とても聴いていて心地の良い声ではないわ」
音楽学校に行き、ボイストレーニングを受けていた2年間を経て、家で何気なく歌を歌うと、母は決まってこう言う。これは今もそうだ。確かに、もっと響く声だったら今頃プロの歌手になってたゎ。
母はカラオケが嫌いで、それまでカラオケで歌う姿を見た事がなかったのだが、私が社会人になってから親戚で旅行に行った時、ひとり1曲歌う事になり、母がその時選んだ曲は、なんとイエローモンキーの『楽園』だった。私が中学生の時によく聴いて歌っていた曲だ。そんな曲を母が憶えているなんてびっくりだったが、もっとびっくりした事は、それがなかなか上手かった。親戚中大絶賛。父はカラオケ好きで、親戚の集まりの際には私と父ばかり歌っていたのだが、私も父もこれには驚いた。母は、実は歌が上手かった。
② 「そんなつまんない歌しか作れないようじゃ、残念ながらプロにはなれないわね」「楽譜も書けないようじゃ、作曲する上で致命傷」
これは、音楽学校時代に、楽器も歌も才能ないから、じゃぁ作曲家にでもなるか!って私がふざけて言った時にガツンと言われた言葉で、再び作曲をやり出した今、作曲に行き詰まると必ずこの言葉にぶち当たる。私はやっぱり無理なのか? 仕事を辞めてまで挑戦するなんて無茶だったのか? 早く諦めて誰にでもできる仕事するほうが身のためか? とその度に思うし、諦めさせるのにうってつけの言葉。
だけどさ、私は思ったんだ。
この夏、活性の火というイベントでたくさんの若者に出逢って気付いたんだよ。
才能なきゃ音楽をやっちゃいけないのかよ!
プロを目指して、夢に向かって頑張っている者の大半が、残念ながら音楽で飯は食えていない。
だけど、そういう彼らが観客に感動を与えられないか?って言ったら、全然そうじゃない。
音楽は時に言葉より多くを語るし、言葉では表現できない事も伝えられる。音楽が誰かを救う事だってあるし、救われた人に救われた音楽家だっているだろう。
プロになれなくたって、才能なくたって音楽の表現は自由にして良いんだ!
私は何を勘違いしていたんだろう。趣味で音楽をやっている人だってたくさんいるのに、プロになれるくらい才能がなければ、音楽やる資格はないような気がしていた。それは母の言葉にも少なからず影響を受けているだろうし、音楽学校時代に “必ずプロになる” という強い意識を持って物事に取り組むよう指導されたせいもあるだろう。
だけど、それは私の勝手な思い込みだった。
母と比べるとなんでも劣る私。母よりできる唯一の事は書道だった。だから私はきっと中学・高校と書道部に所属したのだと最近になって思う。習い事も書道だけが小学校から高校まで12年間続いた。他は全て自信を失くして諦めていた。
『終わりは始まり。今までありがとう、じゃなくて、これからもよろしく』
昨夜、FOLKSのラジオの最終回で、ボーカルの岩井郁人氏がそう言った。FOLKSは9月末でベースの野口氏が活動休止を発表、更に毎週水曜日のラジオ番組も終了。これからどうなるの〜と不安になる私の心とは裏腹に、ネガティヴな感じは一切ない最終回だった。
終わりは始まりだって事くらい私だって前から知っているし、私はこれまでに何度も何かに失敗する度、この言葉をおまじないのように呟いてきた。つまり、ネガティヴなシーンで活躍するイメージだった。だけど、郁人氏がこの状況でこの言葉を使った瞬間、この言葉に対するイメージが一気にポジティブに変わった。
そうか。終わりは始まり。よく考えたらポジティブな言葉だ。私は何を勘違いしていたんだろう。気付けば勘違いや思い込みだらけ。この世界はもっと自由なんだ。誰かと比べないで、自分は自分で構わない。だから肩身を狭く生きなくても良いし、落ち込む必要もない。胸を張って進めば良い。

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