「私、すぐ挫折してしまうんですが、いざという時に踏ん張れるのは何故ですか?」
私は、毎朝欠かさず近所の散歩が習慣であるという、芯の強い女性にそんな質問をした。小学校教師だったという彼女は、仕事をやめてから興味のある学問をもう十数年も勉強している。
「それは、何と言うか、もう人間の本能よね。毎朝散歩して、朝日が昇る瞬間を見る時間が一番幸せで、自然に力をもらうの。人間だって自然の一部なのだから、大きなもの(自然)に包まれていると思えば何とかなるっていう安心感を感じられる。見方を変えれば、いつだって気持ちは変えられるのよ」ちょっと雰囲気は違うが、こんなニュアンスの言葉をもらった。私はこれを聞いても正直あまりピンと来なかった。なので、考える風をして黙ってしまった。
しばらく沈黙が流れ、誰かが別の話を始めた。私もその話の事を忘れた頃、彼女が具体的な体験談を交えて説明してくれた。それは彼女の視点に立って話を聞くと、なんとも腹の立つ話だった。しかし後半、彼女は「でも相手の立場から考えると...」と話し出した。確かに、相手の視点から見るとその対応は当然でもあった。彼女は「一番嫌いだと思った相手が、本当は一番感謝すべき相手だったとわかった」と言っていた。私も思い込みが強いほうなので、そういう事も周りにたくさんあるような気がした。
ーーー視点を変えるーーー
あっという間に年が明けてしまった。昨年後半にひどく体調を崩し、病院に行ってばかりの年末だった。まず11月初旬に風邪を引き、その風邪が12月になっても治らなかった。治らないどころか咳は酷くなる一方で、とうとうあばら骨に痛みが走った。以前にも半年以上も咳が続いた時期があり、咳で肋骨を疲労骨折した事があったため、父が通っている呼吸器内科をすぐさま受診したのである。そこで検査したのだが、今回は肋骨までは骨折していなかったものの、肋軟骨が損傷を受けていた。しかし肺にも喉にも特に異状は見つからず、次回血液検査の結果が出るまでの間、応急処置的に飲むようにと強い咳止めをたんまり貰った。それを飲むと、ようやく少し咳が治まってきた。
1週間後、結果を聞きに行くと、思いがけない言葉を告げられた。「重度の貧血」。「いつ倒れても不思議ではない」。「通常通りの生活を送っている事が奇跡的」。数年前、職場の健康診断でも同じ事を言われ病院に行った。再び、以前通っていた大学病院の血液内科を受診する事になった。最後に受診したのが4年ほど前だったため、初診扱いに戻されてしまった。以前の医師は初診は受け付けておらず、別の医師に診てもらった。血液内科の中では「まぁそこそこの貧血」という範疇だった。これも以前と同じ。ここからわかるように、一般人からすると「重度の貧血」でも、血液の病気ばかりを集めた場所では「そこそこ貧血」くらいなのだ。「重度」と「そこそこ」ではかなり差があると思うのだが、同じ貧血の数値でも、周りの比較する集団によってこれだけ評価が違うという訳だ。
ーーー視点を変えるーーー
「新年に今年の目標を立てて、その中から1つだけ絶対に実行するものを決めて取り組みなさい」という事を、最近、人生の先輩方に言われ、もっともだと思ったので、私は今年の目標を「早起きして散歩に行く」に設定した。とりあえず、1月中は8時に起きる。それから春になるにつれて7時半、7時、夏になるにつれ6時半、6時...と徐々に早めていけば良い、と。
しかし、これなら努力次第で一番楽に達成できそうだ!と思っていたこの目標が、なんと情けない事か、2週間が過ぎた現時点で1回も達成できていないのだ。しかも努力していないのではない。携帯のアラームをかけ、目覚ましもかけているのに、携帯はスヌーズも鳴りきって電源切れる始末だし、目覚ましも知らぬ間に止めている。その時間に家族に声をかけてもらうようにもしたのだが、何回起こしても返事はするものの起きてこない!との事で、言われてみれば起こされた記憶はあるものの、結局のところ起きられてはいない。
私は睡眠時無呼吸症候群と診断された事もあり、昨年暮れからまたこの症状に悩まされ出していた。その事も重なってであろう、本当に本当に朝起きるのがここまで難しい。どうせ私はもうダメ人間なのだ。去年辞めた職場の管理者に最後に言われたように、役立たずの人間なんだ。。。と朝を迎える度に投げやりになりつつある心に、見方を変えれば午後はまだ始まったばかり!と慰めつつ、貧血で睡眠時無呼吸症候群がだんだん改善されれば、少しずつでも早起きできるようになるさ!とここで挫折せず、焦らずこのままいってみようと思えた。そう、今年はまだ始まったばかり。目標を1度もクリアできずにもう2週間も経ってしまったけれど、今年はまだ2週間しか経っていない! 今年の目標は今年1年かけて達成するもの。そうだよね?
ーーーさぁ、視点を変えてみよう?
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